1912年、英国の夜空を眺める(後編)2020年09月20日 07時33分44秒

(昨日のつづき)


こちらは1912年2月1日、午後10時の南の空。
ロンドンのシンボル、ビッグベンの脇にかかるウエストミンスター橋から見た光景です。この橋は東西にかかっているので、(街の明かりさえなければ)真北と真南の空を見上げるには、恰好のポイントです。


この本が、わざわざ「1912年用」と断っている理由がこれです。
この星図は恒星以外に、月や五大惑星の位置を計算して印刷してあるのがミソ。

周知のように、月や惑星は星座の間を常に動いているので、通常の星図には載っていません(というか、載せようがありません)。でも、著者ブレイキーは、1912年の毎月1日に限定することで、強引にそれを載せています。本書は天文の知識がまったくない人でも、空を気楽に見上げてもらえるよう作った…と、解説ページの冒頭に書かれているので、これもそのための工夫でしょう。

(9月の星図の対向ページ(部分))

星図の隣頁を見れば、毎日の月の位置や、8日ごと(毎月1、9、17、25日)の惑星の位置がくわしく載っているので、上級者はそれを参照すればよいわけです。(要するに、この本は天文年鑑と星図帳を兼ねたものです。)


ここで、もう一度9月1日の空に戻って、角度を変えて撮ってみます。
この角度で見ると分かるように、正面から撮ると黒っぽく見える星々は、実際はすべて金色のインクで刷られています。

金の星と青い夜空の美しいコントラスト。
テムズ川に映る星明りと、地上の夜景に漂う詩情。
青い空にぽっかりと浮かぶ白い惑星の愛らしさ。
石版刷りのざらりとした懐かしい質感。

本当に美しく、愛らしい本だと思います。

   ★

ここで改めて著者・ブレイキーについて述べておきます。彼の名前は、英語版Wikipeia【LINK】に項目立てされていました。

(Walter Biggar Blaikie、1847–1928)

それによると、ブレイキーはスコットランドの土木技師、出版者、歴史家、天文家であり、さらにエディンバラ王立協会会員、名誉副知事、名誉法学博士の肩書を持つ人です。いろいろ列記されていますが、ざっくり言うと、エンジニアとして世に出て、長く出版人として活躍した人。したがって、天文学は余技に近いようです。でも、だからこそ初学者向けの親しみやすい本となるよう、出版人の感覚も生かして、本書を企画したのでしょう。

   ★

余談ながら、ブレイキーの個人的感懐がにじんでいると思ったのが、タイトルページに引用された下の詩句です。


「Media inter proelia semper stellarum caelique plagis superisque vacavi.」

これは紀元1世紀のローマの詩人・ルカヌスの作品の一節で、ロウブ古典文庫の英訳を参照すると、「戦争のさなかにあっても、私は常に我々の頭上に広がる世界のことを、そして星々と天上に係る事どもを学ぶ時間を見つけた。」という意味だそうです。

ブレイキーは、自身の個人的劇務を念頭に置いて、これを引用したと想像しますが、2年後には第一次世界大戦が勃発し、この詩句にさらに実感がこもったことでしょう。

1912年といえば、日本では明治から大正に改元(7月)した節目の年です。この頃から世界は新しい局面へと突入し、人類は恐るべき大量殺戮の技術とともに、遥かな宇宙を見通す圧倒的な力を手に入れたのでした。

それを思うと、ブレイキーのこの本は、夜空のベル・エポックの残照のようにも感じられます。


【おまけ】 こちらの方がきらきらした感じに撮れたので、全体のイメージを伝えるために載せておきます。12月1日の北の空です。


コメント

_ S.U ― 2020年09月20日 08時46分53秒

この本は、形式上は1年ものの消耗品ですが、1年で捨てるには惜しい品ですね。年ごとに発行されていたのでしょうか?

 まいどまいどお値段のことばかりで自分でも嫌になりますが、当時のどういう経済層の人がどのくらい気楽に買えたかということが、私はよく気になります。

 この本の価格は、当時おいくらだったのか、定価とかは分からないものでしょうか。

_ 玉青 ― 2020年09月20日 09時42分16秒

この本のタイトルページに「Ffteenth Series」とあって、何のことか分からなかったのですが、調べてみたら何のことはない、本書は1898年に初版(第1シリーズ)が出て、その後毎年1冊新しいものが作られていたのでした(ですから、これは珍書・貴書では全然なくて、これまで私の視野に入らなかったのは偶然です)。さらに1912年以降はというと、古書市場で1940年の版まで確認できました。著者の死後も毎年新版が出ていたことになります。ずいぶん息の長い本ですね。

定価はどこにも書かれていませんでしたが、趣旨からいって、そう高いものではなかったはずで、星好きの人は誰でも買えるぐらいの値段と想像します。(でも、子供たちが小遣いで買うのはきびしいので、両親にプレゼントしてもらうとか、そんな感じの価格帯でしょう。)

_ S.U ― 2020年09月20日 11時03分19秒

ありがとうございます。

>星好きの人は誰でも買えるぐらいの値段
良かったです。
たぶん、お買い得です。

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