貧窮スターゲイザー、草場修(4)2012年04月12日 20時49分21秒

(昨日のつづき)

もしや…という思いを捨てきれずに、探索の範囲を広げたところ、新聞縮刷版のあるページで私の目と手はピタリと止まりました。

「あったー!!!!!」

それは東京朝日新聞の、昭和9年10月24日号です。
そこには、「半纏〔はんてん〕の素人天文家/世界一の「星図」/努力の結晶・三万二千を記載/専門家達を驚かす」という見出しが大きく載っていました。
 

1つ見つかれば、あとは芋づる式で、全部で7編の記事が次々に見つかりました。以下にその見出しを掲げます(以下、「東京」は東京朝日新聞、「大阪」は大阪朝日新聞。ページは縮刷版での記載箇所)。

(1)東京(昭和9年10月24日号、p.355)
「半纏〔はんてん〕の素人天文家/世界一の「星図」/努力の結晶・三万二千を記載/専門家達を驚かす」

(2)大阪(同10月24日、p.433)
「落魄〔らくはく〕のアマチュアが/世界一の星図を完成/精密に 支那名まで 実に三万二千/わが天文学界の誇り」「失意絶望の東海道で/死を阻む銀河の光/“定規一つ、コンパスは竹切れで”/法被〔はっぴ〕姿で語る孤独の草場君」「全く驚嘆する/専門家も多く教へられる/京大 山本博士談」

(3)大阪(同10月27日、p.485)
「見よ、この貴き努力の黄金塔/輝く草場大星座図」「専門的に検討してもあっぱれな大星図/識者の後援を得てもっと勉強をさせ度い/アマチュア天文家 草場君の星図/京大花山天文台 理学博士 山本一清」

(4)大阪(同11月10日、p.173)
「“世界的星図”の草場君/輝く第二の人生へ/竹のコンパスや法被姿も忘れずに/京大、山本博士の許で研鑽」「温かい情の雨に送られて」

(5)東京(同11月11日、p.150)
「法被の天文家/学界へ進出/京大山本博士に引取られ/「世界一星図」に精進」

(6)大阪(同11月11日、p.191)
「流星より滋く注ぐ同情/星図に精進の草場君に」

(7)大阪(同11月14日、p.239)
「京大入の草場君の初仕事/獅子座流星群の観測に/山本博士と共に生駒山へ」

   ★

草場の経歴については、今のところ朝日新聞の一連の報道しか材料がないので、それをまとめてみます。

彼はこの昭和9年(1934)の時点で36歳。逆算すると明治31年(1898年)前後の生まれになります。眼の良かった草場は、九州にいた小さい頃から星に興味があったといいます。しかし、もちろん正式に天文学を学んだ経験はありません。

家族関係は不明ですが、この昭和9年の頃には、付き合いのない親類が1人あるきりという、孤独な身の上でした。きっと早くから辛酸をなめたのでしょう。しかも彼は、久留米で兵役についたとき耳を悪くし、その後、東京で働いていた昭和2年頃に完全に聴力を失うという大きなハンデを抱えていました(昭和9年の時点では、新聞記者と筆談でやりとりしています)。

絶望のあまり、死を決意して東海道をさまよい歩いていたとき、夜空の銀河の光に慰められて死ぬ決心が鈍り、結局彼は大阪に流れ着きます。そこで浮浪罪に問われ、留置場にぶち込まれたこともあります。まさにルンペンです。

その際、警察の給仕から大阪職業紹介所を教えられた彼は、同所を頼り、衛生組合の溝浚い人夫という職につきます。もちろんこれは立派な正業ですが、新聞記事は「恵まれぬルンペンの群に落魄しながらも…」という書き方をしているので、当時の通念に従えば、依然「ルンペンのような存在」であったのは確かでしょう。

そして、ここから草場と星との本格的な対話が始まったのです。
記者から星図の完成にかかった年数は?を聞かれた彼は、こう答えています。
とりかゝってから五年半かゝりました、毎日仕事がすむと中之島の図書館へ通ひ、あすこにある天文の本はみんな読みつくしてしまひ、借出し番号まで暗誦してゐます、図書館から帰へると星の観測です」。 (大阪朝日新聞、10月24日)

彼は、天文学書から約32,000の星について、経度、緯度、光度、さらにはその日本名や中国名を調べ上げ、それを粗末な製図器具を使って、丹念に図面に落としていきました。

これを読んで、私が最初に感じた疑問も解けました。
彼はもちろん星空を実際に眺めもしましたが、しかし土管から星を見上げて星図を作ったというのは一種の脚色で、実際には既存の天文学書のデータを利用し、それを1枚の星図にまとめ上げたのでした。とはいえ、図示した星の数も桁外れなら、中国の伝統星名を表記するなど、その内容もきわめて独創的であり、それを独学・独力でやり遂げたところに、彼の真に驚嘆すべき業績はあったのです。

― 大空の星があなたの無二の友だちですね?
『さうです、私の友だちはいつも大空にかゞやいてゐます』
 (同上)

(この項つづく)