謎の化学カード(第3夜) ― 2013年04月14日 17時32分26秒
(エヂプトの秘宝を狙う二十面相と、波島進演じる明智小五郎の知略を尽くした戦い。『透明怪人』、昭和33年公開)
老人は座を見渡して、もじゃもじゃの髪をしきりにかき回しながら、静かに微笑んでいる男に向かって声をかけた。
「明智さんは何かお気づきかな?」
明智と呼ばれた男は、さもうれしそうに答えた。
「これは、なかなか面白い謎ですね。しかし、天然自然の謎に比べれば、人間の作った謎は存外単純なことが多いものですよ。
私は化学に詳しくはありませんが、このカードを見ていて、いくつか特徴的な点を指摘することができます。まず、カードの裏面がすべてピラミッドとスフィンクスのデザインになっていますね。これは、トランプと同じように、カードを裏向きに配ったこと、そして各プレーヤーは互いに手札を見せないようにゲームを進めたことを意味しているのでしょう。そして、絵カードも、化学式カードも、裏面は全部共通のデザインで、特に区別されていません。それは区別する必要がなかったからです。つまり、このゲームは全てのカードをシャッフルして、ランダムにプレーヤーに配ったに違いありません。」
それを聞いて、私も以前から見知りのU博士が言葉をはさんだ。
「なるほど、絵カードと化学式カードを混ぜて使ったというのは、その通りに違いない。たとえば、メチル基CH 3 は化学式カードにあるのに、水酸基OHは絵カードにしかない。絵カードと化学式カードを混ぜちゃいかんというなら、エタノールは化学式カード同士でCH3 CH2 OHが作れるのに、メタノールは作れんことになってしまう。それはいかにも不合理ですからな。」
明智はU博士の言葉に力を得たのか、先を続けた。
「このゲームで各プレーヤーが目指すものは何か、それは手札を組み合わせて「役」を作ることであり、「役」とは皆さんご想像の通り、各種の化合物なのでしょう。通常のゲームから類推すれば、ゲームはできるだけ早く手札を無くした者か、点数の高い「役」を作った者か、あるいはできるだけ沢山の「役」を作った者が勝ち…というルールだったと思います。」
「しかし、絵カードと化学式カードが同等の役を果たすなら、なぜ2種類の表現が混在しているのでしょう?いかにも無駄だと思いますが…」
と、女が眼鏡に手をやって明智を見た。
「ボクにも本当のことはわかりませんよ。ただ、このゲームの考案者の立場で考えてみてください。このゲームは、遊びを通じて化学の初歩を教えることを目的に作られたのでしょうが、子供たちの興味を惹くには、色刷りの絵も入れたいし、学問の手ほどきのためには、化学式も入れたい。その妥協の産物が、こうした表現になったんじゃないでしょうかね。」
明智は一同の顔を探るように見ながら、さらに言葉をつづけた。
「ところで、皆さんはこの中で1つだけ異質なカードがあるのにお気づきですか?」
「アルゴンだ!」U博士が叫んだ。
「そうです。これは不活性ガスですから、他のカードと組み合わせても化合物にはなりません。トランプでいえば『ババ』ですね。『ババ』の存在は、ゲームの進め方を推理する上で大きなヒントです。『ババ』があるということは、すなわちゲームの中に、プレーヤー同士が互いのカードを交換する手順が含まれていたことを意味します。でなければ、『ババ』を手にした時点で、そのプレーヤーの負けが決まってしまい、ゲームとしてつまりませんから。」
老人が遠くを見ながら語りだした。
「ふーむ、幼いころのことをボンヤリ思い出しましたぞ。父がカードを兄や姉に配り、皆が真剣な顔つきで…あれはこのカードであったのか…。」
私は明智に向かって性急に問いかけた。
「何となくゲームの手順は分かってきましたが、肝心のルール、カードをどう組み合わせるかについてはどうなんです?いや、もちろんカード同士で化合物を作るというのは分かるんですが、しかし化学のイロハもおぼつかない子供たちが、はたして自由に化合物を作れたものかどうか、そこがどうも腑に落ちなくて。」
「もっともな疑問ですね。そもそも、それだけの知識があれば、わざわざこんなカードで化学の初歩を学ぶ必要はないでしょうしね。…おそらく組み合わせのルールは、カード自体に内在しているはずです。分厚い化学の教科書を傍らに置かないとゲームができないなんてことはないでしょう。どうです、各カードの肩に書かれたローマ数字と色を見て、何か気づきませんか?」
U博士が間髪入れず答えた。
「数字は原子価、いわゆる『手の数』というやつだ。つまり、その原子が他の原子何個と結合するかを表す数だろう。」
★
知ったかぶりをして書きましたが、依然ルールについては何も分からないので、どうぞ明智の推理を補完してやってください。
*文中、特別出演していただいたS.U氏にSpecial Thanksです*
老人は座を見渡して、もじゃもじゃの髪をしきりにかき回しながら、静かに微笑んでいる男に向かって声をかけた。
「明智さんは何かお気づきかな?」
明智と呼ばれた男は、さもうれしそうに答えた。
「これは、なかなか面白い謎ですね。しかし、天然自然の謎に比べれば、人間の作った謎は存外単純なことが多いものですよ。
私は化学に詳しくはありませんが、このカードを見ていて、いくつか特徴的な点を指摘することができます。まず、カードの裏面がすべてピラミッドとスフィンクスのデザインになっていますね。これは、トランプと同じように、カードを裏向きに配ったこと、そして各プレーヤーは互いに手札を見せないようにゲームを進めたことを意味しているのでしょう。そして、絵カードも、化学式カードも、裏面は全部共通のデザインで、特に区別されていません。それは区別する必要がなかったからです。つまり、このゲームは全てのカードをシャッフルして、ランダムにプレーヤーに配ったに違いありません。」
それを聞いて、私も以前から見知りのU博士が言葉をはさんだ。
「なるほど、絵カードと化学式カードを混ぜて使ったというのは、その通りに違いない。たとえば、メチル基CH 3 は化学式カードにあるのに、水酸基OHは絵カードにしかない。絵カードと化学式カードを混ぜちゃいかんというなら、エタノールは化学式カード同士でCH3 CH2 OHが作れるのに、メタノールは作れんことになってしまう。それはいかにも不合理ですからな。」
明智はU博士の言葉に力を得たのか、先を続けた。
「このゲームで各プレーヤーが目指すものは何か、それは手札を組み合わせて「役」を作ることであり、「役」とは皆さんご想像の通り、各種の化合物なのでしょう。通常のゲームから類推すれば、ゲームはできるだけ早く手札を無くした者か、点数の高い「役」を作った者か、あるいはできるだけ沢山の「役」を作った者が勝ち…というルールだったと思います。」
「しかし、絵カードと化学式カードが同等の役を果たすなら、なぜ2種類の表現が混在しているのでしょう?いかにも無駄だと思いますが…」
と、女が眼鏡に手をやって明智を見た。
「ボクにも本当のことはわかりませんよ。ただ、このゲームの考案者の立場で考えてみてください。このゲームは、遊びを通じて化学の初歩を教えることを目的に作られたのでしょうが、子供たちの興味を惹くには、色刷りの絵も入れたいし、学問の手ほどきのためには、化学式も入れたい。その妥協の産物が、こうした表現になったんじゃないでしょうかね。」
明智は一同の顔を探るように見ながら、さらに言葉をつづけた。
「ところで、皆さんはこの中で1つだけ異質なカードがあるのにお気づきですか?」
「アルゴンだ!」U博士が叫んだ。
「そうです。これは不活性ガスですから、他のカードと組み合わせても化合物にはなりません。トランプでいえば『ババ』ですね。『ババ』の存在は、ゲームの進め方を推理する上で大きなヒントです。『ババ』があるということは、すなわちゲームの中に、プレーヤー同士が互いのカードを交換する手順が含まれていたことを意味します。でなければ、『ババ』を手にした時点で、そのプレーヤーの負けが決まってしまい、ゲームとしてつまりませんから。」
老人が遠くを見ながら語りだした。
「ふーむ、幼いころのことをボンヤリ思い出しましたぞ。父がカードを兄や姉に配り、皆が真剣な顔つきで…あれはこのカードであったのか…。」
私は明智に向かって性急に問いかけた。
「何となくゲームの手順は分かってきましたが、肝心のルール、カードをどう組み合わせるかについてはどうなんです?いや、もちろんカード同士で化合物を作るというのは分かるんですが、しかし化学のイロハもおぼつかない子供たちが、はたして自由に化合物を作れたものかどうか、そこがどうも腑に落ちなくて。」
「もっともな疑問ですね。そもそも、それだけの知識があれば、わざわざこんなカードで化学の初歩を学ぶ必要はないでしょうしね。…おそらく組み合わせのルールは、カード自体に内在しているはずです。分厚い化学の教科書を傍らに置かないとゲームができないなんてことはないでしょう。どうです、各カードの肩に書かれたローマ数字と色を見て、何か気づきませんか?」
U博士が間髪入れず答えた。
「数字は原子価、いわゆる『手の数』というやつだ。つまり、その原子が他の原子何個と結合するかを表す数だろう。」
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知ったかぶりをして書きましたが、依然ルールについては何も分からないので、どうぞ明智の推理を補完してやってください。
*文中、特別出演していただいたS.U氏にSpecial Thanksです*
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