ジョバンニが見た世界(番外編)…活版所(6)2013年05月25日 06時33分58秒

世の中は広いもので、小さい活版所の絵葉書も、探したらチラホラありました。
 たとえば下の絵葉書。

(*1910年頃)

壁際にマリア像が見えますが、キャプションには「LA GRANDE TRAPPE / PRES MORTAGNE / IMPRIMERIE」とあって、どうやら仏・モルターニュ近郊に立つ「トラップ(トラピスト)修道院」内の印刷工房を写したもののようです。

そういう特殊な場所なので、規模も小さく、設備も作業手順も素朴で、いっそ前代の印刷所の様子を彷彿とさせます。

   ★

変わっているという点では、下の写真(これは絵葉書ではなく写真です)もちょっと変わっています。
 
(*1920~30年代?)

これまでフランスの絵葉書ばかり取り上げてきましたが、こちらは一転してブルガリア。「VUZDURZHATELI」(禁酒主義者、の意)という名称の印刷所ですが、写っている男女の表情が、妙にインテリ臭い。ひょっとしたら、政治的な印刷物を手掛けた(半)非合法組織なのかも…。これはこれで、時代の空気を強く感じさせる一枚です。

   ★

さて、ふたたびフランスに戻って首都パリへ。
 

キャプションには「Une des salles de l'Imprimerie(印刷所の一室)」とだけあって、具体的な場所は不明。文字通り「名もなき印刷屋さん」の内部です。裏返せば、これこそ、20世紀初頭の平均的な活版所の姿なのかもしれません。
(「一室」ということは、隣接して活字ケースの並んだ部屋や、大型の印刷機械の置かれた部屋があったのでしょう。)

純粋に個人的な印象ですが、「銀河鉄道の夜」を映像化するなら、こんな雰囲気がふさわしいように思います。大通りに沿って、時計屋やパン屋と並んで立っている活版所なら、いくら“大きい”と言っても、限界があるでしょうし、少なくとも大工場のような風情は、ちょっと違う気がします。

   ★

ジョバンニが働く活版所のイメージが徐々に見えてきたところで、次回はジョバンニ自身の姿を追って、「少年のいる印刷所風景」を見にいきます。

(この項つづく。絵葉書に探る活版所の世界は、次回で完結の予定)

コメント

_ S.U ― 2013年05月25日 09時04分49秒

私が、「銀河鉄道の夜」の活版所を読んでイメージしたのは、地方新聞の印刷所です。それも中規模の都市(あるいは近隣の市町村)の印刷部数1万~数万くらいで、日刊紙を発行しているが印刷作業のアルバイトに出入りがあってその確保がけっこうたいへん、という想像です。

 そのような新聞社では印刷所をどのように確保していたのか、印刷所における日刊紙の負荷の割合はどのくらいか、1日の製版のスケジュールは、印刷所の規模や雇用形態は、とそういうところが気になりますが、簡単に調べるすべはないようです。(それも、現在の話ではなく、日本で言えば戦前のことを調べないといけませんので)

 賢治の故郷の付近では、「夕刊いちのせき」(創刊1921)というのがこの条件に近いようですが詳細不明です。

_ 蛍以下 ― 2013年05月25日 13時42分17秒

私も、ジョバンニの活版所の規模としては今回アップされたくらいのものがピッタリだと思います。
「大きな活版処」といっても周囲の建物と比べれば大きい、というだけのことだと思いますので。
                       
話が脱線して申し訳ないのですが、『銀鉄』といえば
星祭りの夜に烏瓜で作った「青いあかり」を川へ流す・・・というのがありますよね。
これがどんなものなのか知りたくて朝日放送の『探偵ナイトスクープ』に依頼した人がいたようで、私はそれをたまたま見ました。(90年代前半)
詳細は忘れましたが、何らかの事情で烏瓜でなくヘチマかなにかで試作したように思います。(それでも出来上がったものは充分幻想的でした。)
更に記憶があやふやで申し訳ないのですが、その番組には賢治の実弟や教え子が登場したと思います。 曖昧かつ余計な情報ですみません。

_ 玉青 ― 2013年05月26日 06時45分51秒

どうも自分の文章を読み返して、「大きい」と「小さい」の間を絶えず揺れ動いているなあ…と感じました。ジョバンニの活版所は大きいのか、小さいのか、最終的には中間(=子どもの目には大きく見えるけれど、世間的にはそうでもない)ぐらいで手を打ちたいところです。

○S.Uさま

ご提案の地方紙の発行現場というのは有力な説だと思います。
「よう、虫めがね君、お早う。」という言葉から察するに(これは「小僧、来るのが遅いぞ!」という当てこすりでしょう)、この活版所は夕刻から追い込みに入るらしく、これから翌日の朝刊の印刷に取り掛かるところだとすれば、何となくしっくりきますね。

   +

当時の新聞社の印刷現場における労働実態は未詳ですが、検索の過程で、ちょっと興味深い事実を知りました。それは大正11年の「大阪毎日新聞」に載った「印刷工四千人に就いての調査」という記事で、以下のページから閲覧できます。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00078169&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1

そこには大阪市社会部が調査した、市内4,558人の印刷工についての概要が紹介されています。その性別は男工3,800人、女工750人で、「女工は主として解版、製本、雑役に従うもので之が年齢は全女工数の6割4分までは16歳以上30歳未満の妙齢の子女」であるのに対し、「男工の方は16歳未満の少年工が270名即ち全男工数の7分強を占めているのは注目に値する、彼等は大部分文選の業務に従う者である」と書かれています(漢数字をアラビア数字に直しました)。

当時、文選作業に携わる少年工は非常に多かったらしく、賢治がジョバンニのバイト先として活版所を選んだのは、非常にリアルな、自然主義的選択だったようです。

(この調査は大阪市の『労働調査報告』として刊行され、現在その「復刻版5」に「本市印刷工に関する調査」が全文収録されているそうで、大いに興味をそそられますが、残念ながら近場の図書館にはありませんでした。)

○蛍以下さま

>あやふや、曖昧

いやいや、銀鉄らしい幻想味に富んだ情報です。(^J^)
思えば90年代前半も、はや20年前ですか…。昭和も賢治も遠くなりましたね。
賢治が今生きていたら、今年で117歳。
実弟の清六さんが亡くなられたのは2001年ですから、今年で十三回忌を迎えます。
賢治が花巻農学校で教えた生徒さんたちも、すでに100歳をだいぶ越えているでしょう。
まあ、そういう自分だって、こうして立派に老いの入口に立っているのですから、時の経つのはいかんともしがたいものです。

烏瓜で作った「青いあかり」については、いろいろ考証もあるんでしょうが、一説によると花巻の盆習俗にちなむもので、あの辺では新仏のある家が、カボチャ、ナス、キュウリ、それにキンカウリ(http://plaza.rakuten.co.jp/keikoroom/diary/200908070000/)などをえぐって、中にろうそくを立てて北上川に流す…というのが発想源だとか。

_ S.U ― 2013年05月26日 11時02分00秒

おぉ、この「印刷工四千人に就いての調査」は貴重な調査ですね。新聞記事を書いた記者の視点は、印刷業界に若い人や比較的高い学歴を持つ人がいることは頼もしい、ということなのでしょうか。それならば、「日本のジョバンニ」たちも、その視力や記憶力のみならず、その教育成果もあてにされていたのだと思います。当時の尋常小学校卒や高等小学校卒の若者が貧富の差に関わらず高い識字能力や仕事への意欲を備え希望する職種に就けたとすれば、それは高く評価すべきことでありましょう。
 
 また、文選に対する少年独特のポジティブな感覚もあったかもしれません。目が良いとか、記憶力がよいとか、似た漢字を即座に見分けられるとか、四字熟語をたくさん知っているとか、そういう通常は目立たないような能力をいかんなく人に見せられる楽しみもあったんじゃないでしょうか。

 それから、これは何かの心理学で聞いたことですが、いわゆる左右反転の「鏡文字」の判別能力は、少年時代までは良いとして大人になると弱くなっていくのではなかったかと思います。これは、何というのでしたでしょうか。ちょっと検索したのですが、「鏡文字を誤って書く子供」についてはたくさん見つかりましたが、「判別能力の年齢依存性」については容易に見つかりません。 少年特有の能力を生かすという点でこれも考えられるのではないでしょうか。

_ 玉青 ― 2013年05月27日 06時26分32秒

>「鏡文字」の判別能力

幼児期に特有の現象としての、鏡映読みや鏡映書き(「さ」を「ち」と読む、あるいは書く)は随分古くから注目されてきたようですが、もっぱら左右の空間認知の未発達等、「未熟さ」という観点から説明されているように思います(鏡映書きの出現率は精神年齢と負の相関を示す…等)。これを「判別能力」という、ポジティブな視点で捉えた研究があるのかどうか、寡聞にして知りません。

類似する話題としては、「心的回転」、すなわち図形(平面/立体)を見て、それを頭の中で自由に回転させられるか、というのがあります。(お手本となる図形を見せて、それを一定角度回転させた図形はどれか、選択肢の中から選ばせる…なんていうのは、小学校の入試や、就職試験の際の適性検査なんかでもおなじみらしいですね。)

要は心的イメージの操作能力ということで、これについては、男性>女性という性差がよく話題になりますが、年齢差に関していうと、(ちょっとあやふやですが)確か正の相関があったんじゃないでしょうか。もしそうだとすると、幼児は心的回転が不得手なので、鏡文字の判別(これは厳密には回転ではなくて鏡映反転ですが、心的イメージの空間操作という点では同じです)も、むしろ苦手だろうと予想されるのですが、実験的にはどうなのか、これまた寡聞にして知りません。(ずいぶん寡聞な人ですね・笑)

また、上記の話題は、主に幼児~学童期あたりの発達を扱っているので、少年と大人を比較した場合はどうなのか、大人は頭が固いので、かえって成績が悪いんじゃないかとも予想されるのですが、この辺についても寡(以下略)

(心理学の話題ぐらいスパッと答えられるといいのですが、どうもダメですね;)

_ S.U ― 2013年05月27日 19時45分24秒

「鏡文字の判別能力の年齢依存性」については、検索でひっかかる研究は見つかりません。ご寡聞ということはやはりあまりないということでしょうか。様々な人に鏡文字で印刷した国語の試験をやってもらえば、興味のある結果が得られると思います。心理学の学生さん、やってくださらないでしょうか。
 
 私の経験では、20歳くらいまでは鏡文字でもすらすら読めたように思います。いつから能力が低下したかはわかりませんが、今は以前よりだめです。

 それから、「心的回転」の能力ですが、年齢に正の相関があるとか男女差があるかもしれないというのは、それが必要とされた経験や訓練がものをいうということかも(立体のデザインをする仕事とか)しれません。鏡文字はそれほど必要とされないので、ちょっと違う問題のように思います。

 いずれにしましても、文選、植字作業と少年の間には、何か特有的な得手関係があると期待しています。

_ 玉青 ― 2013年05月28日 06時33分42秒

これも関連する話題ですが、「反転視野」研究というのがあります。
被験者に視野の左右、上下、あるいはその両方を反転させる特殊な眼鏡を装着させて、その知覚体験の変容をさぐるというもので、被験者は最初のうちは激しい違和感や、船酔いのような症状を訴えますが、数日で順応し、物理的には反転しているはずなのに、主観的には正常に見えるようになるという、興味深い結果が得られています。(順応は一気に生じるのではなく、部分的に少しずつ生じるらしく、これも一種の学習過程と考えられます。)

まあ、これは実験的に作り出した、非常に極端な状況ですが、鏡文字の読解と習熟についても一定の示唆を与えるものと思います。もし、鏡文字で書かれた文章の読解作業も学習の要素が大きいのであれば、大人でも訓練次第で鏡文字をすらすら読めるようになるはずですが、問題はそれまでに要する学習時間でしょう。大人に比べて、子供は習熟するまでの時間が有意に短かい…となれば、S.Uさんが予想されるような、文選・植字作業と少年との間の正の結びつきが立証できそうです。

そこで得られた年齢差が何を意味するのか、何か生理的な要因があるのか、それとも経験的なものなのか。大人は単にノーマルな文字に、より多く接しているので、鏡文字の読み取りが苦手だという可能性もあるので、実験においては、年齢差と読字能力の両方をコントロールする必要がありそうです。ノーマルな文字の読み取り経験/能力の差が、鏡文字の読解に促進的に働くか、妨害的に働くか、これは両方の理屈が考えられますし、こんな風にいろいろ考えだすと、実験のテーマとして確かに面白そうです。(もう誰かやっているかも…?)

_ S.U ― 2013年05月28日 18時48分04秒

要因の分離・不分離、正の相関・負の相関と複雑になってきましたね。ジョバンニのアルバイトと心理学が結びつけられただけで私は満足です。

_ 玉青 ― 2013年05月29日 06時15分38秒

ちょっと饒舌に語ってしまいましたが、ジョバンニの活版所の話題をここまで加速膨張させえたことを、我々は自ら誇って良いのではありますまいか。(笑)

_ S.U ― 2013年05月29日 07時41分41秒

>我々は自ら誇って良い
 はい、この際、ジョバンニの活版所を総合科学的に取り扱われたことは誇ってよろしいと存じます(笑)。
  ご指摘の視覚に関する能力と心理学的要素はとても興味深いので、また、別の話題でこれを蒸し返させていただければ、と期待しております。

_ 玉青 ― 2013年05月29日 20時00分23秒

ええ、じっくりと!

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