5月10日、ハレー彗星迫る2017年05月10日 07時14分55秒

フランスの大統領選が終わり、ルペン候補は辛くもしりぞけられました。
別にルペン氏に個人的な恨みはないですが、極右と排外主義のドミノが食い止められたのは良かったと思っています。

   ★

そういえば、今から100年ちょっと前の5月も、フランスの人々は落ち着かない気持ちで、日々を過ごしていました。


言わずと知れた、1910年のハレー彗星騒動です。
上は「1910年5月19日の思い出。世界の終わり」と題して、それを風刺的に描いた絵葉書。


「ルシュール教授講演会。間近に見るハレー彗星」と銘打った路上観望会。
望遠鏡を覗く男の驚愕の表情と、筒先に迫る彗星。
さらにその脇には、「今日は最後の10日」という札が掲げられています。

絵葉書のタイトルにもあるように、この年のハレー彗星は、5月19日に太陽面を通過したのですが、その際、彗星の尾に含まれる毒ガスが地球を包み込み、人類は死滅する…という怪説が事前に流れて、人々を不安と恐怖に陥れたのでした。

そして、運命の19日を控え、ひょっとしたら人類にとって「最後の10日」となるかもしれない5月10日の光景を描いたのが、この絵葉書というわけでしょう。

まあ、「不安と恐怖」といっても、それを面白がる気持ちが多分に交じっていたのは、こういうコミカルな絵葉書が作られたこと自体が物語っています。何せ高名な学者たちは、「そんなことは決してない」と太鼓判を押していたので、人々は「人類最後の日」については懐疑的でしたが、「でも、ひょっとしたら…」という思いも捨てきれずにいたのでしょう。

要は、そういう流言が広がりやすい、不安な時代だったのだと思います。
そして、その不安の正しさは、4年後の第一次世界大戦勃発によって証明されました。

   ★


地球脱出をもくろむ人々と、それを商売のタネにする人。

「救命浮き輪。比類なき上昇力。1個60スイスフラン。
お支払いは使用済み自動車タイヤでも可!」

日本では戦後の1947年に、この彗星騒動に取材した『空気のなくなる日』という小説が出て、その中で、人々が窒息死を免れようと、当時自転車の空気チューブがバカ売れした…という挿話が描かれました。それがさらに映画やアニメを通じて伝播するうちに、今やすっかり「事実認定」された観があります。

その事の真偽を私は知りませんが、ひょっとしたら、こんな絵葉書が元になって、それに尾ひれがついて、小説のネタになったのではあるまいか…という想像も浮かびます。

(なお、文中に「スイスフラン」とあるので、この絵葉書はフランスではなく、スイス向けに出されたもののようですが、売り手はロレーヌの人でしたから、フランスでも流通したのでしょう。)

【5月11日付記】 …と、偉そうに書いたものの、この「スイスフラン」は全くの誤解で、これは普通に「フラン」である由、コメント欄でご教示いただいたので、ここに訂正します。


風船に遺書をくくり付ける人。
そして「全部失くしちまった。これで災厄が来なかったら、いったいどうするんだ?!」とうなだれる男。

   ★

100年後のどこかの国でも、私欲のために人々の不安を煽るだけ煽って、しれっとしている人がいますが、ああいうのは本当に罪深いと思います。

コメント

_ ひろせ ― 2017年05月10日 20時07分02秒

Frs の s は単に複数形で、フランスの通貨フランだと考えていいと思います。フランスはハレー彗星騒動の震源地のようなものなので、個人的にも「こういう絵はがきが出るとしたら絶対にスイスじゃなくてフランスだろ!」と感じました(笑)。

ただそこで出てくる教授の名前がフラマリオンではなくルシュールというぱっと調べた限り実在してなさそうな天文学者だというのが面白いです。さすがに実名を出すのははばかられたのでしょうか。
そして避難先が火星だというのにもフラマリオンの影響が見え隠れしてる気もします。

_ S.U ― 2017年05月10日 20時25分13秒

>『空気のなくなる日』
 当時の日本の普通の町に、そんなに自転車のチューブがあったのかという疑問もわきますが、ちょっとこれは調べにくいので保留にするにして、何となく、このへんの西洋の戯れ言の輸入のように思えますね。

 内田百閒の「箒星」にも仲間と洋食屋に最後の晩餐を食べに行く話が出てきますが、これも考えてみれば何となくバタ臭いです。

_ 玉青 ― 2017年05月11日 07時18分56秒

○ひろせさま

ごぶさたしております!
その後も一層のご活躍と伺っております。素晴らしい成果を収められましたこと、心からお慶び申し上げます。

さて、スイスフランの件、ご教示どうもありがとうございました。
こういうのは、グーグルに頼りっぱなしだとしばしば起こりがちなことで、お恥ずかしい限りです。早速本文中に訂正を入れておきました。

>ルシュール

私も最初検索したとき、ハレー彗星に絡む人物で、ルシュールという人が見つからなかったので、本文中ではスルーしてしまいましたが、どうもここには何か洒落を効かせてあるんじゃないか…と思って、改めて辞書を引いたら、“loucheur”は普通名詞で「やぶにらみの人」の意、さらに形容詞の“louche”には「やぶにらみの」とか、「いかがわしい、怪しい」という意味がある由。日本語ならさしづめ(薮医者の「やぶ」と掛けて)『薮井先生大講演会』みたいなニュアンスかもしれませんね。

まあ、フラマリオンにしても、一部にはちょっと「薮井先生」的イメージもあったと思いますので、ここにフラマリオンの影が差しているのは、大いにありそうなことと想像します。

○S.Uさま

>当時の日本の普通の町に、そんなに自転車のチューブがあったのか

考えてみれば確かにそうですね。明治43年当時、自転車は目慣れた存在になりつつあったかもしれませんが、それでも普通の人が気軽に入手できるものでは、決してなかったでしょう。(当時の「自転車に乗ったハイカラさん」は、リッタークラスの大型バイクとか、あるいはオープンタイプのスポーツカーで疾走する若い女性並みのインパクトがあったんじゃないでしょうか。)

(ちょっと参考になりそうなページです→ http://www.tanken.com/bicycle.html

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