彗星の記事帖(1) ― 2017年05月11日 07時11分45秒
かつて「東京日日新聞」というのがありました。
系譜的には、今の毎日新聞につながる新聞です。
創刊は明治5年(1872)と相当に早く、その創設者が日本画家・鏑木清方のお父さんに当る条野採菊(じょうのさいぎく)と、血みどろ絵で名をはせた浮世絵師の歌川芳幾だ…というのも一寸変わっています。
時代は下って、昭和13年(1938)にオープンした、東京で最初のプラネタリウム「東日天文館」の「東日」とは、この東京日日新聞に由来するので、天文ファンとの縁も浅からぬものがあります。
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さて、その東京日日新聞の古いスクラップ帖が手元にあります。
和紙を綴じた手製の帳面に、明治43年(1910)5月に連載された記事をまとめて貼り込んだものです。
(横綴じの帳面のサイズは、約14×38 cm)
「彗星と災異 二十回 / 彗星と天災事変との関係 六回」
「彗星 箒星之事」
「彗星 箒星之事」
と、几帳面な楷書でタイトルが書かれています。
ハレー彗星接近にちなみ、海の向うでコミカルな絵葉書が作られていた頃、日本の新聞社は、彗星と災害の関係を過去にさかのぼって検証する記事を連載していました。
それをまた丁寧に切り抜いて一覧できるようにしたのは、大友荘助翁、65歳。
当時の65歳は今の80代にも当るでしょう。逆算すれば弘化2年(1845)の生れです。
まったく無名の、市井の一老人とはいえ、その年齢を感じさせぬしっかりした運筆は、翁の旺盛な知識欲と相まって、非常に頼もしい感じを抱かせます。
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記事の内容も興味深く、明治の新聞というエフェメラルな存在も興味深く、そしてまた明治時代の老人の彗星に寄せる関心の程も興味深い。
(ネガポジ反転)
この珍品の中身を覗いてみます。
(この項つづく)
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