食えぬ男、ナスミス2019年07月14日 11時02分18秒

ジェームズ・ナスミスの話題を続けます。

(James Nasmyth (1808-1890)、出典:Wikipedia)

彼はスコットランド出身の鉄工業者で、自ら技術者・発明家としても活躍し、たぶん蒸気ハンマーを発明したことで、最もよく知られているでしょう。その富の源泉も、蒸気ハンマーでした。

その天文学とのかかわりは子供時代からで、画家である父親の望遠鏡で、月や惑星を眺めることを楽しみ、すでに10代の頃には、自ら反射望遠鏡用の金属鏡づくりに手を染めていたと言います。彼の天文活動は、富裕な工場経営者になってからも一貫して続き、ウィリアム・ラッセルや、アイルランドのロス伯といった、当時の錚々たる天文家と交流し、専門誌に論文を発表しました。

ナスミスをはじめ、彼らはいずれもアマチュアの立場ながら、プロ以上に巨大な望遠鏡を所有し、多くの成果を挙げた、いわゆる「グランドアマチュア」で、アラン・チャップマン氏の『ビクトリア時代のアマチュア天文家』(産業図書、2006)は、「巨大反射望遠鏡の同志たち」という章(第6章)で、彼らの活躍を詳述しています。

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ところで、『ビクトリア時代のアマチュア天文家』は、巻末の註の中で、ナスミスの横顔を以下のように伝えています(邦訳341ページ、改行は引用者)。

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Nasmyth の Autobiography (文献53) 444頁は,しばしば友人に宛てた手紙に見られるように、版に彫られた「ジェームズ・ナスミス本人印 [拇印] (James Nasmyth Hys [thumbprint] Marke)」で終わっている。

Nasmyth の 余暇活動の範囲は、少なくとも1人の妾宅を構えることにまで及んでいた。相手の Flossie (Russell?) との間には一人娘の Minnie を1859年にもうけている。

彼が Flossie そして後に Minnie に宛てた手紙には、彼の名前がサインされることは決してなかったが、決まってジョークやからかいの文句、スケッチ、そして「本人印」等で満ちていた。Nasmyth の非常に癖のある筆跡とジョークから、それらの手紙は紛れもなく彼のものだと分かる。彼が Flossie に宛てた,通常は日付のない手紙には、時折「ではこれにて。食えぬ男より。本人*印(Yours Ever affectionately The Old File [or Hold File] hys * marke)」とサインされていた。

Minnie は Nasmyth から年利3%という1,000ポンドのコンソル債を遺贈されたが、後に不誠実な弁護士が彼女からその金を騙し取った。彼女は1940年に没した。

私は Minnie Abbott 夫人の曾孫であるエセックスの C.J.R. Abbott 氏に感謝している。彼はまことに親切にも、手書きの書簡類のコピーと写真を1997年4月に送ってくれた。実際、これらの手紙は M.N.R.A.S. 〔引用者注:Monthly Notices of the Royal Astronomical Society〕には決して現れることのないグランドアマチュア社会の一面を明らかにしてくれるものである。
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ナスミスは発明家であると同時に、なかなか「発展家」でもあったのですね。
まあ、それはともかくとして、文中に出てくる「本人印」というのが、読んでいてどうしても分かりませんでした。

しかし、謎は解けるときには解けるものです。
その後、現物を見て、ようやく疑問は氷解しました。


下に見える紙片は、業者が同封してくれた説明書きです。
記録をたどると、私はこれを2010年に45ポンド出して買ったことになっていて、我ながらなかなか執念深いです。


「本人印」の拡大。
どう見ても本物の拇印にしか見えませんが、正体は精巧に型取りして作ったスタンプです。宛先は不明ですが、日付は1886年3月31日で、ナスミス最晩年のもの。


紙片の下の「Engineer」の文字も同筆で、ナスミスが自分で書いたのでしょう。
ビックリマークを3つも重ねているのは、「どうだい、こう見えても技術者なんだぜ!!!」と、おどけて見せてるんじゃないでしょうか。80歳近くになっても、まったく食えぬ男です。

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まことに人間臭い話であり、人間臭い品ですが、天文趣味の歴史は畢竟、人間の歴史です。

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