彗星と赤い目をした象(前編)2023年11月11日 09時53分15秒

ギリシャ神話だと、天空はアトラス神によって支えられています。
一方、インドでは古来、巨大な象や亀が世界を支えていることになっています。


最近、こんな版画を見つけました。「USMC/地球を支える象の版画/作者サイン入り/86年ハレー彗星」と題して、eBayに出品されていたものです。


版面サイズは108 ×137mmと 、ほぼ葉書サイズの小さな木版画です。
まずは売り手の言葉に耳を傾けてみます。

「この品の歴史は不明です。これはニューヨーク市近郊で何十年も希少本の専門家として働いてきた私の母の遺品です。この上質の手漉き紙に刷られた絵の下には、以下のような文言が書かれています。

「SIC SEMPER TYRANNIS(羅:暴君は常にかくの如く=専制的な指導者は必然的に打倒される)」、「A Felicitious New Year to you and yours (ご一同様が良き新年を迎えられますように)」「ALAN C. NAIMAN 86」(この読み方は間違っているかもしれません)」

絵柄は地球を支えている象で、彼は亀に乗っているように見えます。また彼は鐘を引きずっていて、その鐘にも何か文字が書かれているようですが、私の老眼には定かでありません。スターダストの浮かぶ空には彗星が飛んでいます。ハレー彗星が最後にやってきたのが 1986 年ですから、それと関係があるかもしれません。でも、はっきりしたことは分かりません。いずれにしても興味深い品です。〔以下略〕」

タイトルにあるUSMCとは、United States Marine Corps(アメリカ海兵隊)のことで、象のお尻のところにこの文字が縦書きされています。

これが1986年に回帰したハレー彗星をモチーフにしているのでは?という、売り手の意見に私も賛成です。1986年を祝うかのように、遠い宇宙から飛来した客人を、作者はぜひ描きたかったのでしょう。

さらに私なりの推理を加えてみると、この年はイラン・イラク戦争の最中であり、アメリカのレーガン政権が、そこに直接的な軍事介入を画策した時期に当たります。買い手の方は首をひねっていましたが、象の足にくくりつけられた鐘は、そのひびの入り方から見て、アメリカ独立の象徴である「自由の鐘」とみていいでしょう。


(自由の鐘)

すなわち、この白象はアメリカの正義をかかげて進むアメリカ海兵隊の分身であり、彼らこそ世界を支える存在だ…という、かなり愛国的なメッセージを、そこに読み取ることができます。結局、この作品は、ある経歴不詳の版画家が(その腕前から見て、彼はプロないしセミプロでしょう)、派兵を前にした海兵隊の友人と、その同僚や家族を鼓舞するために、これを刷って贈ったのではないかと想像します。

   ★

一応、この作品のコンテクストは、そんなふうに読み解けます。
でも、私の目にはまた別の意味を帯びて感じられます。もちろん、これは作者の意図を離れて、私が勝手に読み取ったものに過ぎません。

私が連想したのは、賢治の童話『オツベルと象』です。
このお話に出てくる象は、本当に気のいい奴で、狡猾なオツベルの言葉に何の疑問も持たず、頼まれごとは何でも引き受けます。でも、いいように酷使されているうちに、やがて憔悴しきったその顔に「赤い竜の目」が光るようになります。


この版画に描かれた「自由の鐘」は、自由どころか、この象にとっては「くびき」そのものであり、またアメリカの正義なるものが、まったく恣意的で信の置けないものであることは、今回のイスラエルの横暴に対するアメリカの態度を見ても分かります。そしてこの象も、今や赤い目をして、重そうにアメリカの大義を引きずり、世界はその鼻先で危ういバランスをとっているのです。

そんな目でこの絵を眺め、今の世界を顧みるとき、いかにも複雑で苦いものが感じられるのではないでしょうか。

   ★

…と、ここまで書いて、いい気持ちになっていましたが、文章を書き上げた後で、この版画の作者が突如わかったので、後編ではそのことを書きます。

(この項つづく)

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