リンゴの木の下で2018年06月25日 07時03分54秒



先週・今週と、続けざまに週末を留守にしました。これは出不精の人間としては、至極珍しいことです。昨日おとといは、誘ってくれる人があって、長野県のリンゴ農家のお手伝いに出かけてきたのですが、ライクロフト氏の記事以来、このところ植物づいている感じです。


私は果物全般をひどく好むので、リンゴ、ナシ、モモの木に囲まれて、大いに気分が良く、また小さなリンゴが色づき始めた様も美しく、摘果作業の手を休めて、しばし見惚れていました。

確かに、いろいろ話を伺うと、日本の果樹農家を取り巻く環境は、他の農家と同様きびしいものがあって、将来に対する不安は尽きないのですが、今はみずみずしい信州の緑に囲まれて一時を過ごせたことを喜び、人の縁に感謝したいと思います。気持ちの良い週末でした。


コメント

_ S.U ― 2018年06月26日 21時21分56秒

>リンゴの木の下で
 往年の人気歌手、ディック・ミネの「林檎の木の下で」が好きでよく聞いていました。今でも歌えます。

 この曲は元々アメリカの曲で、戦前のディック・ミネのヒット曲ですが、戦争中に芸名まで敵性言語禁止ということで、三根耕一に改名させられ、「林檎の木の下で」はどうなったか知らないのですが、結局戦後にまたディック・ミネに戻り、曲のほうも再流行したという、戦争中は、そんなことで人の感性が動くはずもないのに本当に下らないことをしたものだと思います。そんな暇にもっと建設的なことを考えればよかったろうにと思います。

 なんでもかんでも昭和歌謡に結びつけてしまい申し訳ありませんが、タイトルを見るだけでこれだけのことをすぐに思い出しますものでお許し下さい。
 
 でも、この日本語の歌詞(柏木みのる詞)は、文句なしに幸福そうで、かつ哀愁を帯びたメロディともマッチしていてケチのつけようがなく、私はいいと思います。

_ 玉青 ― 2018年06月27日 21時02分38秒

こういうところに微妙な世代差が出るのか、私はディック・ミネさんの「林檎の木の下で」を知りませんでした。いや、本当に知らなかったのかどうか…。意識の表層では「大きな栗の木の下で」とか、サザンの「かしの木の下で」とかをイメージしてたと思うんですが、でも、こういうタイトルを自ら付けたということ、そして動画を見たら、何となく聞き覚えがあったので、潜在意識にはやっぱり「林檎…」があったのかなあ…と思ったり。人間の行動を規定しているものは何か、さらに人間の自由意志の危うさといったことまで考えさせられたエピソードです。(しかつめらしい話はおいて、「林檎…」は素直にいい曲ですね。)

_ S.U ― 2018年06月27日 22時37分56秒

>微妙な世代差
 この間、「同世代」と言っていただき望外の幸福でしたが、やはり多少の世代差があるのは否めませんかね。
 
 1960年代後半のグループサウンズが流行っていた頃、「懐メロ」ブームという不思議な現象が起こり、ディック・ミネさんや近江俊郎さんや田端義夫さん等が「懐メロ歌手」ということで、頻繁にテレビに出るようになりました。当時の私も、この人たちは昔の歌手なんだなあと思って見ていました。

 しかし、今考えてみると、これらの人は、せいぜい昭和10年代からのメジャーヒットデビューで、当時でもせいぜい芸歴30年そこそこ、しかも、その間、戦争と終戦があったもののほとんど途切れずに人気歌手だったのですから、懐メロ歌手と呼ぶのがおかしいくらいなのでした。もちろん、懐メロ時代になっても、体力も歌唱力も問題ありませんでした。そういうこともあって、そのブームが衰えた後は、ちょっと若い世代の方には記憶の埒外になったのかもしれません。

 例えば、サザンの桑田さんとか、高橋真梨子さんとか、さだまさしさんとか、もう40年くらい歌い続けていますが、彼ら彼女らが懐メロ歌手だとは今の人は思わないですよね。まあ、今のごく若い人は思うかもしれないのではっきりとは言えませんが、曲風とか活動形式によるところが大きいのかもしれません。

 懐メロ歌手の記憶の分析はさておいて、私の「なんでもかんでも昭和歌謡」もたまには人の行動心理の検討に役立ったりして、まんざら捨てたものではないですね。

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