天体議会の世界…カレイド・スコープ2019年07月21日 08時10分29秒

長野まゆみさんの『天体議会』
この1991年に発表された小説のことは、かつて集中的に取り上げました。それは作中に登場するモノを現実世界に探し求めるという、何だか酔狂な試みでしたが、その試みは途中で中断したままです。

唐突ですが、今日はいきなり最終章「五 水先案内」に飛びます。

舞台は年が明けたばかりの寒風の季節。今年最初の天体議会(=生徒たちによる天体観望会)の招集が決まり、午後7時からの開会を前に、主人公のふたりは、埠頭をぶらついて時間をつぶします。そこで、彼らはあの第三の主人公、自動人形(オートマタ)めいた謎の少年に再び出会うのです。

   ★

 身動きもできないほどの、その人いきれの中で、銅貨と水蓮はまた例の少年を見かけた。白い端麗な顔をして、ひとりで歩いている。 〔…〕

 「何か探してるのか。」
 はじめに声をかけたのは水蓮だった。少年は、はッとしたように顔をあげて、水蓮のほうへまなざしを向けた。彼は古びた三角の筒を手にしている。
 「小石や硝子片を探しているのさ。釦(ボタン)のかけらや、貝殻屑でもいい。」
 「何のために。」
 「この万華鏡(カレイド・スコープ)の中へ入れて船旅のお守りにする。ほら、もう随分集まった。」
 少年は三角の筒を振って、カシャカシャと音を立てた。 
〔…〕


 「南へ行くのか。」
 水蓮はもう一度、念を押す。
 「行く、」
 簡潔だが余韻を残した云いかたをして、少年は口を噤んだ。ことばは沈黙の中にのみこまれてしまい、彼はしばらくしてから付け足すように微笑んだ。それがひどく淋しそうに見えたので、銅貨は少年の持っている万華鏡のために何かを提供してもよいと思った。〔…〕水蓮は水蓮で、すでにネクタイから抜いたピンを手に持っていた。彼が最近作ったものでクリストバル石の淡碧(うすあを)い剥片を使ってある。彼はその剥片を少しだけはがして、少年に差し出した。銅貨はシャツの貝釦を取って小さく砕き、それを少年の持っている万華鏡の中に入れた。 
〔…〕

(ボディは鴨の羽色のマーブリング柄。3枚のガラス板を銀細工で留めてあります。)

 「中を覗かせてくれないのか。」
 水蓮は少年の万華鏡を指して訊ねた。銅貨も気になっていたことだ。ふたりで少年に注目していたが、彼は首を振った。
 「これは旅する者の特権。船に乗ってから、そっと覗くものなのさ。」 
〔…〕

(“Eido U.S.A.”のサインが銅板に彫られています。Eido氏の正体は今も不明)

 少年たちは別れの挨拶ひとつしなかったが、その必要もなかった。客船は沖へ向かい、まるで水先案内(カノープス)に導かれて南へ行くように見えた。〔…〕靄はだいぶ濃くなり、船体はほとんど見えない。ただ、燈の点った窓が揺れ動いている。
 銅貨と水蓮は、遠ざかり見えなくなる船が、暗い海の涯てに消えてしまうまで眺めていた。

   ★

万華鏡の登場は、昨日自分が書いたことに触発されたものです。“万華鏡”と文字にして、「そういえば…」と、昔の自分の企てを思い出したわけです。

残念ながら、作中の万華鏡と違って、この品はオブジェクトを入れ替えることができません。中身も昔ながらのガラスビーズだけという、単純なスコープです。でも、その素朴さゆえに、どこか懐かしい、いかにも万華鏡らしい光景を見せてくれます。


   ★

こうして作中の万華鏡は、少年たちの奇妙な友情の証として遠い世界に旅立ち、私も昨日は久しぶりに万華鏡を覗いて、いろいろ物思いにふけっていました。

(次の記事へと続く)

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