雨あがる2018年07月08日 22時06分30秒

窓から星空が見えます。
夕刻のニュースは、各地の惨状を伝えるとともに、豪雨による死者・行方不明者が120名を超えたと報じていました。

先週の天気図を見返すと、週半ばには、九州脇をかすめて日本海に抜けた台風7号と、その行く手に横たわる前線の姿がありました。台風はその後、温帯低気圧に変わりましたが、これが北の前線をぐいと引き寄せ、そこに極度に高湿の空気が流れ込んで、週末の大雨をもたらしたのでした。

一週間前の日曜日、中国・四国地方の天気はおおむね曇りでした。
広島市では、最高気温31.2℃、最低気温22.9℃。午後3時には秒速3mの風が南西からそよそよと吹いていました。

あのとき、被災地の人々は――亡くなられた方もそうでない方も――平凡な日常生活を送りながら、見慣れた町が1週間後にどうなっているか、まるで想像していなかったと思います。おそらく、日常が日常のまま、半ば永遠に続くような気が漠然としていたのではないでしょうか。ちょうど1週間前の私がそうであったように。

「被災者」と「非・被災者」を分けるのは、いわば「不条理な偶然」以上のものではありません。

   ★

…と、ここまで書いて、さらに「相身互い」ということと、「他者への想像力」ということについて記そうと思ったのですが、思ったことを十分書き切れないので、いったん筆をおきます。でも、上手くは書けないですが、この「相身互い」と「想像力」がないと、善意の振る舞いにも、どこか傲岸な臭いが付きまとう気がします。

とはいえ、矛盾したことを言うようですが、そうした心の機微とは別に、「思し召しより米の飯」「案じてたもるより、銭たもれ」というのも一大真理であり、今はどんどん物理的支援をすべきフェーズにあるのも確かでしょう。

物心両面の支えで、被災地に日常生活が一日も早く戻ってきますように。

コメント

_ S.U ― 2018年07月10日 07時37分35秒

 4年前の豪雨の時も、広島~京都の範囲で大きな被害が出ましたが、今回はさらに範囲が広がりました。私にとっては広島と京都はかつて住んでいた土地なので、そこで被害を受けている方々のことは想像の範囲ですが、両者の間の距離の範囲で被害が広がっている規模は想像しがたいものがあります。
 
 しかし、これはとても稀な災害というわけではなく、私の体験の範囲でも、1972年の7月豪雨がありますので、50年以内に3回は起こっているわけで、「これまで体験したことのないような」というのは、被害を受けた感覚や警戒の気合いとしてはそうなのでしょうが、広い意味では、しばしば起こることでどうしようもない、とまず考えてしまいます。とにかく、しばしば起こることであっても、今回の災害の被害が少しでも軽い方向に動くこと、それから、社会の進歩とともに復旧が加速されることを願っています。(でも、過疎化・密集化の両極端に進んでいるので、後者については逆の懸念のほうが大きいです)

_ 玉青 ― 2018年07月14日 11時45分39秒

このひどい暑さの中で過ごされている被災者の方々のことを思うと、中には赤ちゃんや高齢者もいらっしゃるでしょうし、本当に早く復旧が進んでほしいと願わずにはおれません。私も微力ながら、できることをしていくつもりです。

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