中国星座のはなし(後編)2019年02月10日 08時53分16秒

昨日触れた、大崎氏の『中国の星座の歴史』の第三部「中国星座名義考」
ここには、全部で300個余りの星座名が挙がっています。そして、大崎氏はその一つひとつについて、名義解説をされています。

300個というのは相当な数で、いわば中国は星座大国と言っていいと思いますが、ただ、その背後にある星座ロマンの部分に関しては、必ずしもそうではありません。

中国の星座世界は、地上の王朝の似姿として、天帝(北極星)を中心とする「星の王宮」として造形されている…というのはよく言われるところです。星の世界には、天帝に使える諸官がいて、車馬や兵が控え、建物が並んでいる――。

まあ、その総体を星座神話と呼んでも間違いではないのでしょうけれど、ただ感じるのは、そこにストーリーを伴った<物語らしい物語>が乏しいということです。大崎氏の解説も、多くは「語釈」に割かれており、例えば角宿(おとめ座の一部)にある「庫楼」という星座は、「屋根のついている二層の倉庫。武器や戦車の置場として多く利用された。」といった具合。他の星座も多くは大同小異で、そこに何か<お話>が伴っているわけではありません。これは中国の文芸の伝統を考えると、少なからず意外な点です。

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とはいえ、中国の星座神話がまったく無味乾燥というわけでもなくて、東洋の星座ロマンにあふれる話もいくつかあります。

たとえば、シリウスの漢名である天狼(テンロウ、井宿)について、「狼星は漢水の水源地である嶓塚山の精が、天に昇って星になったもの」だとか、文昌(ブンショウ、紫微垣)の前身は、「黄帝の子で揮という。死後星と化して、天帝によって文昌府の長官を命ぜられ、功名、禄位をつかさどった」とか、あるいは王良(オウリョウ、奎宿)について、「戦国時代の名御者。〔…〕王良が名御者であったので、天に上って星となり、天馬をつかさどったという話もある〔…〕。この天馬とは「天駟」とよばれる王良5星の内の4星である」とし、さらに同じ奎宿中の策(サク)は、「王良の使った馬を打つむち」である…とするなどは、星座伝承として首尾の整ったもので、ちょっとギリシャの星座神話っぽい味わいがあります。

(北斗の柄杓の口から、やまねこ座に寄った位置にある「文昌」。伊世同(編)『中西対照恒星図表』(北京・科学出版社、1981)より。以下同)

(「王良」はカシオペヤ座のWの右半分。その脇に「策」も見えます。)

あるいは、古代神話を天に投影した次のような星座たち。いずれも悠遠の思いに誘われる雄大な話です。

〇咸池(カンチ、畢宿)
 「古代神話によると、太陽は毎日東の方暘谷から出て、西方扶桑の野をすぎるまでの間に、日に一度水浴するという。その池を咸池という(『淮南子』天文訓)。」

〇天鶏(テンケイ、斗宿)
 「中国の古代神話に、東南の地方に桃都山という山があり、その山上に桃都という大樹があった。枝と枝との間が三千里も隔たり、樹上に天鶏という鶏がいて、日が出て樹上に日が当たると鳴いて時を告げた。すると下界の鶏どもがいっせいに鳴き出したという(『述異記』)。」

〇天柱(テンチュウ、紫微垣)
 「天を支える四本の柱。中国の古伝説によると、むかし四極(東西南北の四方に立って天を支える4本の柱)がこわれ、九州(地上世界)がばらばらになってしまい、天は地をあまねく覆えず、大地は万物を載せきれぬようになった。火は炎々と燃えて消えず、水は満々と溢れてとどまらなくなった。猛獣は人を喰らい、猛禽は老人小供など弱者をおそった。その時、女媧という女神が現れ、五色の石を練り上げて青空の穴をふさぎ、大亀の脚をきりとって、こわれた4本柱を補修し、水の精である黒竜を殺して洪水をとどめ、ようやくおだやかな天と地を回復させた(『列子』湯問篇、『淮南子』覧冥訓)。」

(北極星の周囲、天の特等席である「紫微垣(しびえん)」の一角で天を支える「天柱」)

ただ、これらはいずれも大崎氏が述べられたように、「星座と形象の結びつきがほとんどない」例で、そこにちょっと物足りないものがあります。その意味で、私が中国星座の傑作と思ったのは、鬼宿の「輿鬼(ヨキ)」です。

 「輿鬼とは両手でもつコシに乗せられた死骸をいう。二十八宿の第23宿。輿鬼5星はよこしまな謀略を観察する天の目である。東北の星は馬をたくわえた者を、東南の星は兵をたくわえた者を、西南の星は布帛をたくわえた者を、西北の星は金銭、宝玉をたくわえた者をつかさどる。中央の星は積み重なった死骸であり、葬式や神々の祭祀をつかさどる。」

そして、ここに出てくる「中央に積み重なった死骸」。これには積尸気(セキシキ)という別名があります。

 「積尸気とは、積み重ねられた屍体から立ち上るうす気味悪いあやしげな妖気。『観象玩占』に、「鬼中ニ白色ニシテ粉絮ノ如キ者アリ。コレヲ積尸トイウ、一ニ天尸トイウ。雲ノ如クニシテ雲ニアラズ。カクノ如クニシテ星ニアラズ、気ヲ見ルノミ」とあるのは、鬼宿の中央にもやもやと淡くみえる数個のかたまり(プレセペ星団)をさすのである。」

(大崎氏上掲書より。西洋では蟹に見立てられた天上の輿と、その中央に積まれた不気味な屍の山)

どうでしょう、その形を星図上に眺め、上の説明を読むと、その星座と形象の緊密な結びつきに驚き、中国風の(諸星大二郎風と言ってもいいですが)怪異な幻想味に心を奪われます。

(左下が積尸気(プレセペ星団、M44)。その脇に浮かぶ妖星はニート彗星(C/2001 Q4)。英語版wikipediaより[ LINK ] )

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ここまで書いてきて、最後に話をひっくり返します。

中国星座に<物語らしい物語>が乏しいというのは、確かにその通りなのでしょうが、でも、それは誰にとっても分かりやすい<お話>が乏しいというだけのことで、そこにもやっぱり物語はあります。そして、この物語の全体を読み解き、味わうには、史書・経書をはじめとする数多の古典に通じてないといけないのでしょう。

どうも中国の夜空は、なかなか一筋縄ではいかない相手のようです。

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