「星座」の誕生(後編)2020年06月07日 13時32分05秒

昨日のエピソードに似たことは、抱影の評伝を書いた石田五郎氏も自身の経験として述べています(『野尻抱影―聞書“星の文人”伝』、リブロポート(1989)、p.186)。

「また東北地方の山奥にこけしを買いに入ったとき老木地師に尋ねても
 「サア、孫たちはオリオンとか北斗七星とかいってますが…」
という返事である。
小学校の天文教育やテレビの科学番組が、古きよき神々を追放したのであろう。」

公教育の普及によって、古い星名が消滅することは、ひとつの文化が消え去ることに等しく、それを惜しむ気持ちはよく分かります。そして消え去る前に、それを記録しておくことは、同時代人の責務だと思います。

とはいえ、民間語彙を駆逐する立場にある、科学のボキャブラリーにしたって、やっぱり消長と盛衰があって、一つの言葉が生まれれば、一つのことばが消えていくのが常でしょう。

   ★

今回のテーマは「星座」という言葉の誕生をめぐってです。

これは、5月31日の記事に対する、S.Uさんのコメントが元になっています。
その中で、S.Uさんは constellation という外国語が「星座」と訳された時期、そして個々の星座を「○○座」と呼ぶようになった時期を問題にされ、明治30年代に画期があったのでは?という仮説を述べられました。

   ★

ここでもう一度抱影に登場してもらって、彼のヒット作、『星座巡礼』(研究社、大正14/1925)を開くと、そこには「北冠座」とか「蛇遣座」とかの項目が並んでいます。

(手元にあるのは昭和6年(1931)の第7版です)

「北冠座」というのは、今でいう「かんむり座」のことで、後者も今は「へびつかい座」とかな書きすることになっているので、古風といえば古風ですが、そう違和感はありません。そして、抱影以後は、誰もがこういう言い方に親しんでいます。「おおぐま座」とか「オリオン座」とか、個別の星座を「○○座」と呼ぶのは、確かに便利な言い方で、コミュニケーションにおいて言葉の節約になります。

でも、昔はそうではありませんでした。

そもそも「コンステレーション」に伝統的な日本語を当てれば「星宿」であり、実際そのように呼ぶ人が、昔は大勢いたのです。そして「星座」の訳語が生まれても、そこからさらに「○○座」の表現が使われるまでには、結構タイムラグがありました。

   ★

さっそく実例を見てみます。

明治時代の天文書における表記の変遷(「星座」vs.「星宿」、および個々の星座の呼び方)をたどってみます。ここでは便宜的に、明治時代を3区分して、「前期」(鹿鳴館の時代まで、1868~1883)、「中期」(日清戦争を経て日英同盟まで、1884~1902)、「後期」(日露戦争と大正改元、1903~1912)とします。

【明治前期】
〇関藤成緒(訳)『星学捷径』(文部省、明治7/1874)
 「星座」(星座例:“「ヘルキュルス」星座”、“「オライオン」星座”)
〇西村茂樹(訳)『百科全書 天文学』(文部省、明治9/1876)
 「星宿 コンステルレーション」
 (星座例:“大熊 ウルサマジョル”、“阿良〔「オリオン」とルビ〕”
〇鈴木義宗(編)『新撰天文学』(耕文舎、明治12/1879)
 「星宿
〇内田正雄・木村一歩(訳)『洛氏天文学』(文部省、明治12/1879)
 「星座」〔「コンステレーション」と左ルビ〕
 (星座例:“ユルサマジョル グレートビール(大熊)”、“リブラ バランス(秤衡)”、“ヘルキュレス ヘルキュレス(神ノ名)”、“オリオン オリオン”)

(『洛氏天文学』より。下も同じ)


【明治中期】
〇渋江保(訳)『初等教育 小天文学』(博文館、明治24/1891)
 「星宿」(星座例:“グレート、ビーア(大熊星)”、“ヅラゴン(龍星)”、“オリオン”)
〇須藤伝治郎『星学』(博文館、明治33/1900)
 「星宿」(星座例:“ウルサメージョル(大熊)”、“シグナス”、“ライラ(織女)”、“ヲライヲン(参宿)”)
〇横山又次郎(著)『天文講話』(早稲田大学、明治35/1902)
 「星座」(星座例:“大熊宮”、“かしおぺや宮”、“獅子宮”、“おりよん宮”)

【明治後期】
〇一戸直蔵(訳)『宇宙研究 星辰天文学』(裳華房、明治39/1906)
 「星座」(星座例:“大熊星座”、“かっせおぺあ星座”)
〇本田親二(著)『最新天文講話』(文昌閣、明治43/1910)
 「星座」(星座例:“大熊星座”、“獅子座”、“カシオペイア座”)
〇日本天文学会(編)『恒星解説』(三省堂、明治43/1910)
 「星座」(星座例:“琴(こと)”、“琴座のα星”、“双子座β星”)

   ★

こうして見ると、「星座」という言い方は結構古くて、明治の初めにはすでに使われていました。しかし、「星宿」も頑張っていて、最終的に「星座」で統一されたのは、明治も末になってからです。日本天文学会が創設され(明治41/1908)、用語が統一されたことが大きかったのでしょう。

「星座」vs.「星宿」に関しては、最終的に新語が勝ち残った形です。
単に明治人が新し物好きだから…ということなら、「Astronomy」も、古風な「天文学」ではなしに、新語の「星学」が採用されても良かったのですが、結果的に定着しませんでした。この辺はいろいろな力学が作用したのでしょう。

いっぽう「〇〇座」の言い方ですが、これもいろいろ試行錯誤があって、「○○星座」とか、「○○宮」とかを経て、最終的に「○○座」が定着したのは、これも明治の末になってからです。

   ★

ときに先のコメント欄で、S.Uさんが「以下は私論ですが」と断られた上で、
「星座は境界のある「空の区域」を示すものですから、単に星座の絵柄の名前でなく「座」をつけるのが正式とされたのだと思います。」「少なくとも学術的には星座は常に空の区域の名称ですから、星座名としての「オリオン」は間違いではないとしても、正式名称は「オリオン座」でその省略形と見なされるのではないかと思います。」
と述べられたのを伺い、なるほどと思いました。

要は、棍棒を振り上げて、雄牛とにらみ合っているのは、たしかに空の狩人「オリオン」ですけれど、オリオンを含む空の一定エリアを指すときは「オリオン座」と呼ぶのだ…という理解です。たしかに、1930年に国際天文学連合が、星座間の境界を確定して以降は、このように星座のオリジナルキャラと、「○○座」という空域名は、明瞭に区別した方が便利で、実際そのように扱われることが多いのではないでしょうか。

(天界の土地公図。『Délimitation Scientifique des Constellations』(1930)表紙)

とはいえ、改めて考えてみると、東洋天文学で「参」と「参宿」を区別したように、現代の「空域としての星座」は、むしろ「星宿」の考え方に近く、オリオン座も「オリオン宿」と呼んだ方がしっくりするのですが、これはもうどうしようもないですね。

コメント

_ S.U ― 2020年06月07日 19時47分34秒

おぉ、これは、綿密なご検討とご教示をありがとうございます。
しかも、楽しいおまけのお話しまで!
 私のザルの調べものから予期したより、はるか以前から「星座」の語があったとは驚きです。

 きっと、明治の著者たちのあいだには、コンステレーションを「星座」にするか「星宿」にするか考えた末も迷った人たちがいたことと思います。

 それに対して、各星座の「○○座」というのは、ご指摘のように効率的で、しかも楽しそうな語感があります。こちらは感覚的に自然に選ばれるようになったのではないでしょうか。抱影師匠の感嘆の繰り返しになってしまいますが、やはり、「星座」の和訳と言い、「○○座」の語感と言い絶品で、それぞれの挿話をうなずかせる日本語としての「座り」の良さ ―あたかもずっと以前から日本に居座っているような― を感じます。

 考えてみると、学術的には、現行星座は今や不合理なしろものですよね。ただの空の区画であれば、従来の星座は学術的には廃止をして、あとは赤経・赤緯あるいは銀経・銀緯で、経線緯線に添って定型とし、面積(立体角)もある程度揃えた区画を採用したほうが理にかなっているでしょう。天の区割りですから、選挙区や固定資産税で揉めるようなことはありません。それでも、伝統に従って、学術的表現としての旧来の星座を維持している国際天文学連合というのはえらいものだと思います。

 最後に「星宿」についてですが、空の区画という意味では「星宿」も優れた名前なのですが、通常は二十八宿が思い浮かべられ、その「宿」は月や惑星が旅して「宿る」イメージなので、月や惑星がやって来ない北天や南天の星座が星宿かとツッコミがはいりそうでやめた、ということもあったのじゃないかと想像します。

 今後ともまた厄介なお尋ねをすると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

_ 玉青 ― 2020年06月08日 06時19分27秒

いろいろ考える機会を与えていただき、ありがとうございました。
ザックリとした見取り図ですが、たぶん上のような次第だと思います。

>月や惑星がやって来ない北天や南天の星座が星宿か

そういえば、抱影翁はオリオン辺りに終の宿りを求めたそうですね。
また噂によると、近ごろは銀河に沿ってあちこちに鉄道の駅が設けられて開発が進み、これまでさびれてた土地も、新たに星宿の旗を堂々と掲げているらしいですよ。

私ももうしばらくしたら開拓の旅に出ようと、旅ごしらえをしているところなんですが、ひょっとしたら「銀河無宿」になってしまうかも。(^J^)

_ S.U ― 2020年06月09日 07時19分06秒

>終の宿り
 固定資産税で揉めなくても、永代使用料で揉めるようになるかもしれませんね。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログのタイトルを平仮名で書くと、「○○○○こがん」です。○○○○に入る4文字は?

コメント:

トラックバック