ジョバンニが見た世界…銀河の雑誌と大きな本(3)2009年12月03日 20時00分24秒

この「ジョバンニが見た世界」という続きものは、作中のアイテムについて、作者である賢治が念頭に置いたであろうものと、一読者である私が作品から勝手に思い浮かべたものとがゴッチャになっているので、何だか分かりにくいのですが、基本は後者です。

賢治の生きた時代や、その生活圏から来る制約を考慮しつつも、「たぶんあの作品世界が現実とオーバーラップしていれば、こんな風なモノではないかな…」と思えるもの、あるいは賢治に見せたら、最初はちょっと意外な顔をするかもしれませんが、「これはいいスナ…」と笑って頷いてもらえそうなものを挙げていこうと思います。

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さて、銀河の雑誌と大きな本の話。雑誌の方はその正体が少し難しいので、先に本の方を考えてみます。

「カムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さ
んの書斎から巨きな本をもってきて、ぎんがという
ところをひろげ、まっ黒な頁いっぱいに白い点々の
ある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。」

この文のポイントは何と言っても「写真」でしょう。
11/28の記事で、この作品の時代背景を「20世紀の初めごろ」と決めつけましたが、19世紀の天文学書には、写真がまだほとんど使われていなかったので、これはほぼ必然的に20世紀の印刷物ということになります。

ただ、「20世紀の初めごろ」というのは、ちょっと留保が必要かもしれません。文中には「巨きな本」とありますが、文字通り「大きなサイズの天文学入門書」の出版が相次いだ時期があって、教養人であるカンパネルラのお父さんの書斎にも、きっとそんな本があったと思うのです(もちろんフィクションなので、「真相」は闇の中ですが)。

その時期とは、1920年代です。
上の画像はそうした本の例です。英独仏語圏から1冊ずつ選んでみました。

上から、

■カミーユ・フラマリオン(著)『万人の天文学』
 Camille Flammarion,
 Himmelskunde fur das Volks.
 N. Zahn, Neuenburg, 1920年ころ(刊年なし)
 (フランス語原著Astronomie Populaireに独自の挿絵を増補したドイツ語版)

■T.E.R.フィリップス・W.H.スティーブンソン(編)『宇宙の偉観』
 T.E.R.Phillips and W.H.Steavenson (Eds.),
 Splendour of the Heavens.
 Hutchinson, London, 1923

■アルフォンス・ベルジェ(著)『天空』
 Alphonse Berget,
 Le Ciel.
 Larousse, Paris, 1923

いずれも大きいですね。一番下の『天空』は高さ32センチ。
そしてどれも重いです。試みに量ってみたら、3冊合わせて9.2キロありました。本の大きさもそうですが、写真を刷る関係なのでしょうが、紙がまた重いのです。カンパネルラが書棚から取り出すときには、十分注意しなければなりません。

この時期に、こういう写真図版を満載した巨大な本が登場した背景には、前世紀末から進展しつつあった、多くの複合的な要因が思い浮かびます。天体写真術の改良、巨大望遠鏡の建造ブーム、印刷術の進歩、そして大衆文化の爛熟…などなど。

天沢退二郎氏は「銀河鉄道の夜」の世界に、イタリアの少年小説『クオレ』の影響を見ており(※)、「銀河鉄道の夜」には、19世紀の文物も顔を出しているように思うのですが、この「巨きな本」については、賢治が「銀河鉄道の夜」を執筆していたのと同時期の、わりと新しいモノという気がします。

(※)「別冊太陽・宮沢賢治 銀河鉄道の夜」、平凡社、1985への寄稿(pp.8-9)。アミーチによる『クオレ』の原作は1886年に出ており、日本でも大正時代に複数の邦訳が出されました。

(この項つづく)