かりそめの光を永遠に固定する~写真術の誕生2019年04月06日 09時39分17秒

天文学の革命といった場合、そこには観測手段の革命と理論の革命があります。

人間の知の進歩という点では、後者に分があるかもしれませんが、前者なしに後者は生じなかったので、観測手段は、理論の偉大な母です。まさにホモ・サピエンス(知性人)とホモ・ファーベル(工作人)は、人類一座の二枚看板。

そして、観測手段の革命といえば、何といっても17世紀の望遠鏡の発明でしょうが、それに匹敵するのが、19世紀の写真術と分光学の誕生です。肉眼の限界を超えた微光世界の探求と、正確な位置測定。スペクトルに基づく天体の組成解析と、スペクトル偏移による運動量の決定――。それによって、人類は巨大な空間の壁を超えて、宇宙に探り針を入れることができるようになりました。

   ★

そんな背景もあって、日本ハーシェル協会の掲示板に、写真術の草創期をテーマにした展覧会の案内が掲載されていたので(会員の上原氏に感謝です)、こちらでもご紹介します。


■写真の起源 英国
〇会期  2019年3月5日(火)~2019年5月6日(月・休) 
       10:00~18:00(最終入場時間 17:30)
       木・金は20:00まで(最終入場時間 19:30)
       ※月曜休館。ただし、4月29日(月)、5月6日(月)は開館
〇会場 東京都写真美術館 3階展示室
       東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
 「写真の発明に関する研究は18世紀末から始まり、1839年に最初の技術が発表されることで写真の文化が幕を開けます。英国ではヴィクトリア文化に根ざす貴族社会において、研究が発展し、広く文化として波及します。
 本展は、多くの日本未公開作品を手がかりに、これまで日本国内で知られていなかった英国の写真文化の多彩な広がりを展覧します。これは同時に、19世紀の華麗な英国の姿を同時代に制作された写真によって知るとても希有な経験となるでしょう。」(公式サイトより)

   ★

写真術の誕生から完成に至るまでには、多くの才能が関わっていますが、その中でも大きな足跡を残しているのが、学者一家として名を成したハーシェル家の二代目、ジョン・ハーシェル(1792-1871)で、彼は本展覧会でも大きく扱われています。

もっとも、ジョンにとっての写真術は、化学への興味から派生したもので、自分の本業である天文学への応用可能性については、あまり思いを巡らせた形跡がありません。しかし、その研究範囲は、さらにスペクトル線の化学作用にも及び、彼の中では写真術と分光学が融合するという、非常な懐の深さを見せています。

写真術を含む彼の事績の全貌を紹介したのが、以下の良書で、これはぜひ手に取っていただきたいです。

(ギュンター・ブットマン著、『星を追い、光を愛して―19世紀科学界の巨人、ジョン・ハーシェル伝』、産業図書、2009)

   ★

余談ですが、先日古書検索サイトを眺めていて、ジョン・ハーシェルが、1839年に父親であるウィリアム・ハーシェル(1738-1822)の「40フィート巨大望遠鏡」を写した、オリジナル写真が売りに出ているのを見つけました。(写真自体は、1890年に、ジョンの次男アレグザンダー・ハーシェル(1836-1907)が、オリジナルネガからプリントしたもので、プリントの脇には、アレグザンダーと彼の長兄ウィリアム・ジェームズ・ハーシェル(1833-1917)のサインがあります。)


これはガラス板を使った世界最初の写真として、また40フィート望遠鏡を写した唯一の写真として、写真史の本でも、天文学史の本でも紹介される、非常に有名な写真です。しかも、それを額装している木枠は、ジョンが父ウィリアムと共同で製作し、南アフリカに持ち込んで観測に使用した「20フィート望遠鏡」の梯子段の現物(!)をリユースしたという、文句なしの大珍品。

三代目兄弟は、祖父と父親の記念に、これと同じものをいくつかこしらえて配り物にしたらしく、そのうちの一つはロンドンの科学博物館にも所蔵されています( LINK )。

ニューヨークの古書店が付けたお値段は、2万5000ドル、本日のレートで279万円。
もう二けた安ければ、ぜひ購入したいところですが、これはちょっとどうしようもないですね。でも、その歴史性を考えれば、決して高くはないはず。それに、こういうものが売られていることを知るだけで、古玩好きの心は容易に満たされます。

(南アフリカに据え付けられた20フィート望遠鏡。ジョン・ハーシェル自身のスケッチ)