業の深い話 ― 2019年04月23日 05時47分48秒
美術工芸品の域にある、精巧なアストロラーベと銀製の地球儀。
いずれも、まばゆい輝きを放つ16世紀の天文アンティークです。
ああ、こんな品が手元にあればなあ…とは思いますが、これは思うだけ無駄で、こういうのは所有するものではなく、眺めて楽しむものです。実際この2点は、いずれもケンブリッジ大学のウィップル科学史博物館が所蔵しています。
しかし、目をこらすと、左下に気になる文字が。
「Finding the fakes(贋物を見つける)」。
上の画面は、イギリス王立化学会の「Chemistry World」というページの一部で、昨年2月に公開された記事から寸借しました(→LINK)。
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「歴史的な科学機器のコレクションは贋作に満ちている。そして冶金学は、そうした贋作を排除する一つの手立てとなる。」 …という書き出しで始まるこの記事、要は金属の成分分析が、贋作を見破る有効な手段であり、その成果の具体例が、ウィップル博物館にあるこの2点だという内容です。
私のように、綺麗で手が込んでいれば、単純に「やっぱり本物はスゴイなあ!」と思ってしまう人間にとって、かなり衝撃的な内容ですが、なあに半世紀ちょっと前、1950年代までは、専門家たちも私同様にナイーブだったと、上の記事は述べています(興味深い内容なので、以下摘録)。
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そこに科学のメスが入ったのは、ウィップル博物館がオープンした1951年のことで、メスをふるったのは、当時まだ博士課程に在学していた科学史家、デレク・デ・ソーラ・プライス(Derek de Solla Price、1922-1983)でした。
そもそも、ウィップル科学史博物館というのは、1944年、地元の財界人ロバート・スチュアート・ウィップルの個人コレクションがケンブリッジに寄贈されたのを受けて、戦後、新たに開設された施設です。ケンブリッジの看板を背負ってはいても、要は、富豪が興味にまかせて購入した品々ですから、そこに贋作が混じる可能性もあったわけです。
最初にプライスが目を付けたのが、画像左側のアストロラーベでした。
「Ionnes Bos I 1597 Die 24 Martii」の銘を持つこの逸品、文献調査を進めると、なんと他館のコレクションにも全く同一の銘を持った品が、少なくとも2点存在することが判明しました。まあ、常識的に考えれば贋作です。
これはと思い、さらに調べたところ、他にも似たような疑問を抱かせる品が4点見つかりました。ウィップルに計5点、さらに世界中に少なくとも20点以上存在する、これら一連のアヤシイ品の来歴を調べて行くと、そのオリジンはただ1つに収束します。すなわち、1911年と1924年にアムステルダムで行われた売立てで、それを企画したのはアントン・メンシングなる人物。彼にちなんで、これらは現在、「Mensing forgeries(メンシングの贋作)」と総称されます。
プライスは、これが贋作だという更なる証拠を得るため、冶金学の知識を活用し、地金の火花スペクトルを分光器で観察してみました。結果は明瞭で、メンシングの贋作は、いずれも往時の平炉ではなく、現代の電解法で作られた銅板を使っていることが、直ちに分かったのです。
プライスが先鞭をつけたこの手法は、その後も発展を続け、現在では作品を傷つけずに済む、しかも操作が容易な、蛍光X線分析装置が主役になっています。
その成果が、画像右側の地球儀です。2013年の調査によって、その銀素材が1920年代に商業利用が始まった「ロジウム電気メッキ」法を用いていることが分かり、これまた意図的な贋作だと暴かれたのでした。
これら数々の成果から分かったのは、科学機器の贋作は、メンシングの息のかかったところばかりでなく、それをはるかに超えて、広く作られ続けてきたという事実です。
贋作家と研究者の勝負は今も続いています。
そして、科学機器のメイン素材である真鍮は、科学のメスを以てしても年代特定が極めて困難だという、かなり深刻なハードルも、今後大規模にデータを集積することで乗り越えられるであろう…というふうに記事は結ばれています。
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なんとも業の深い話だと思います。
人間、金と欲が絡むとやっぱりダメですね。
まあ、こういうのは富豪クラスのコレクションだからこそ問題になるので、もっと素朴なところを右往左往している私の場合、あまり気にする必要もないのですが、いずれにしても、以て他山の石としたいと思います。
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