ツキアカリ商店街2022年04月12日 20時33分01秒

最近は新刊書店に行くことが少なくなりました。
いや、それを言ったら古書店に行くことも稀です。
何でもネットで済ませるのは、あまりいいことではないと思いますが、安易な方向に流されやすいのは人の常で、反省しつつもなかなか改まりません。でも、行けば行ったで、いろいろ発見があります。

昨日、たまたま本屋に寄ったら、こんな本を見つけました。

(帯を外したところ)

■九ポ堂(著)
 「ガラスペンでなぞる ツキアカリ商店街」
 つちや書店、2022

今年の1月に出た、わりと新しい本です。


帯を見ると、読者がお手本をなぞり書きして愉しむ本のようで、最初はお年寄りが認知症予防のために手を動かす「塗り絵本」の類かと思いました。でも、特に「ガラスペンで」と断り書きがしてあるし、「夜にだけ開く商店街」という副題も謎めいています。

「?」と思い、本を手に取りページを開いてみました。


すると、確かにこれはなぞり書きの本ではあるのですが、それは「脳トレ」のためではなくて、著者による不思議な世界に、読者が入り込むための手段として、ガラスペンとお気に入りのインクと「手を動かす」という作業が求められているのだと気づきました。

さらにこの本の特徴として、(私を含む)一部の人が強烈に持っていかれるのは、帯にあるとおり、7種類の用紙と57種類の書体が使われている点です。

紙の種類とはB7バルキー、コスモエアライト、HS画王…等々であり、そこに登場する書体は、リュウミンR-KL、きざはし金陵M、A1明朝、毎日新聞明朝L、筑紫B丸ゴシックM…等々です。

(「b7トラネクスト」紙に「VDLヨタG」書体を使用した「星屑リサイクル」店)

「電氣鳥のはなし」は「AライトスタッフGA-FS」紙と「解ミン月M」書体を使用)

この本は徹底的に「モノ」であることを主張し、まさにそれ自体が形ある作品です。本書は原理的に決して電子書籍化できないのです。そこがまた購買欲をそそりました。

   ★

著者である「九ポ堂」さんについて、著者紹介にはこうあります。

「九ポ堂(きゅうぽどう) 酒井草平 酒井葵
 祖父が残した活版道具で作品作りを二〇一〇年にスタート。九ポとは活字の大きさの9ポイントに由来。少し不思議でクスリとしてしまう、物語性のある紙雑貨制作をしている。〔…〕代表作は活版印刷による架空商店街ハガキシリーズ。」

ユニット制作である点や、架空のお店、架空の商品をテーマにしているところは、老舗のクラフト・エヴィング商會さんを連想させ、また作品の世界観はコマツシンヤさんのそれに通じるようでもあります。ただ、こんなふうに本そのものが、不思議なお店で売っている、不思議な商品めいているという「メタ」の構造になっているのが、新鮮に感じられました。


それと、家に帰ってから気づきましたが、この本を買う気になったのは、昨日長野まゆみさんの「天体議会」に言及したことが明らかに影響しています。つまり作中に登場するガラスペンが、脳内で本書と共振したのです。

   ★

架空の町をテーマにした作品は、萩原朔太郎の「猫町」をはじめ、いろいろあると思います。作家も読者も、そういう結構を好む人は多いでしょう。もちろん私も好きです。

これまで入ったことのない路地を曲がったり、初めての駅で降りたりしたときに、「こんなところにこんな町があったのか!」と驚くことは、現実に時々あるし、夢と現実の境界はふだん我々が思うほど強固でもありません(各種の意識障害や、薬物の作用を思い起こしてください)。

夢の町と「リアル」は地続きである…というのが、そうした作品に惹かれる要因のひとつであることは確かで、猫町だって、ツキアカリ商店街だって、ふとしたきっかけで行けそうな気がするという、その「危うさ」が魅力的に感じます。

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