驚異の部屋にて ― 2022年12月29日 16時16分03秒
先日、所用で東京に行ったついでに、しばらくぶりに東京駅前のインターメディアテク(IMT)を訪ねました。この日は一部エリアが写真撮影OKだったので、緑の内装が美しい「驚異の小部屋・ギメルーム」で盛んにシャッターボタンを押しながら、かつて東大総合研究博物館の小石川分館で開催された「驚異の部屋展」(2006~2012)のことなどを懐かしんでいました。
ただ、「ワクワクが薄れたなあ」ということは正直感じました。
昔…というのは、このブログがスタートした当初のことですが、あの頃感じたゾクゾクするような感覚を、今のIMTから汲み取ることができないのは、我ながら寂しいなあと思います。もちろんこれはIMTのせいではなくて、見慣れることと驚異は、本来両立しないものです。
当時、「驚異の部屋展」会場で味わった、未知の世界を覗き込むあの感じ。
思えば、あれは私にとっての大航海時代であり、ひるがえって、大航海時代のヴンダーカンマーの先人たちが味わった感動は、あれに近かったのかもしれません。
…と、ここまで書いて「いや、待てよ」と思いました。
ここでもう一段深く分け入って考えると、「見慣れる」ことと「熟知する」ことは、まったく別物のはずです。私はギメルームに居並ぶモノたちを、なんとなく見知った気になっていますが、じゃあ解説してみろと言われたら、言葉に詰まってしまいます。私はそれを知った気になっているだけで、実は何も知らないのです。そして、一つひとつの品に秘められた物語を知ろうと思ったら、その向こうに控えている無数の扉を開けねばならず、それはやはり広大な未知の世界に通じているのでした。
それは新幹線でIMTまで出かけなくても、私が今いる部屋にゴタゴタ置かれたモノたちだって同じことです。私はまだ彼らのことを本当には知りません。だからこそ、こんな「モノがたり」の文章を綴って、彼らの声を聞き取ろうとしているのだ…とも言えます。
ヴンダーカンマーが「目を驚かす」ことにとどまってるうちは、まだまだヴンダー白帯で、その後に控えている「学知の山脈」に足を踏み入れてこそ、ヴンダーの妙味は味わえるのだ…と、「ワクワクが薄れたなあ」などと、生意気な感想を一瞬でも抱いた自分に対する自戒を込めて、ここに記したいと思います。
コメント
_ S.U ― 2022年12月30日 10時30分35秒
_ 玉青 ― 2022年12月30日 21時30分40秒
これは良いお話を聞けました。
見慣れた…と思うと、また新たな驚異がその中から飛び出して、まさに驚異のマトリョーシカですね。よく知っていると思った相手が、また意外な顔を見せてくれるというのは、人間との付き合いでもよくあることですが、そんなことを考えながら、今一度記事を書いてみました。
見慣れた…と思うと、また新たな驚異がその中から飛び出して、まさに驚異のマトリョーシカですね。よく知っていると思った相手が、また意外な顔を見せてくれるというのは、人間との付き合いでもよくあることですが、そんなことを考えながら、今一度記事を書いてみました。
_ S.U ― 2022年12月31日 07時52分32秒
次の記事も拝見いたしました。私の雅量が足りないせいで、物が語りかけてくれることは年に1度あるかないかくらいですが、自然が造ったものでも人が作った物でも、100個に1個でも確かに語りかけてくれるのは事実なので、どれにでも物に心があることは疑いのないところです。蛇足ですが、トシをとって表情のない顔をしていると、人間でも100人に1人が話しかけてくれれば御の字と存じます。
本年最終になるかもしれませんので・・・
今年も楽しませていただきました。良いお年をお迎え下さい。
本年最終になるかもしれませんので・・・
今年も楽しませていただきました。良いお年をお迎え下さい。
_ 玉青 ― 2022年12月31日 17時52分19秒
あはは。まあ100に1つならそれほど悪い“打率”ではないかもしれませんよ。人間でも刎頸の友と呼べるのは100人に1人もいないわけですから。
今年は特に例のイベントもありましたし、S.Uさんには年初からお世話になりっぱなしでした。改めて御礼申し上げます。それでは明年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年は特に例のイベントもありましたし、S.Uさんには年初からお世話になりっぱなしでした。改めて御礼申し上げます。それでは明年もどうぞよろしくお願いいたします。
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私は、理科室、博物館好きでも、ヴンダーカンマー関係者とは言えないと思いますが、感じるところがありましたので、体験したエピソードを1件だけ書かせていただきます。
『スプートニクに始まる』にも書きましたが、私は中学生の頃、日本の東大宇宙研の固体ロケット(おもにラムダロケット)に異常なほどの魅惑を感じました。もちろん、当時はテレビや本の写真や図面で見るしかなく、それも何度も繰り返して見たのですが、いずれ見慣れて熱がさめました。その後、何年も経って、成人してから私としては初めて上野の国立科学博物館の裏庭にラムダロケットの実物が飾ってあるのを見て(これは打ち上げられなかった予備機なのでしょう)、感動が完全によみがえりました。それもいずれ慣れました。
ところがそれだけでは終わりませんでした。比較的最近、(まだ10年は経っていないと思います)、つくばの科博分館の収蔵庫は時々公開していますが、その野外の通り道の足下に、ラムダロケットの(これも予備機と思われる)残骸がごろんと放置されているのを見たのです。これがすでに銀色の塗料がはげて錆びているのですが、その錆び方から、けっこう分厚い鉄板が使われていたことがわかり、今まで特別な文字通り雲の上のスマートな器械で、風に振られる頼りない存在だと思っていたラムダロケットが、意外にありふれた重厚な設計であったことを知り、ちょっとパニック的な驚きで、さび付いた1段目のそばから離れられませんでした。理化学系の驚異には果てがないのではないでしょうか。