ある望遠鏡の謎を追う(完結編)2021年10月13日 05時51分51秒

6年前、1台の古い望遠鏡を話題にしたことがあります。

■ある望遠鏡の謎を追う(前編)(後編)

(画像再掲)

木箱に入った小さな真鍮製の望遠鏡。
私はこれをヤフオクで見つけて、正体不明のまま買い入れたのですが、その後同じ望遠鏡が、島津製作所発行の戦前の理化学器械目録(学校向け理科教材カタログ)に載っているのを見つけ、さらにメーカー名は不明ながら、おそらく外国製であろうことまでは分かりました。

その後ひょんなことから、明治の青森で異彩を放ったアマチュア天文家、前原寅吉もまた同じ望遠鏡を持っていたことを知り、さらに追加記事を書いたのでした。それが昨年5月のことです。

■古望遠鏡は時を超え、山河を越えて

(画像再掲。前原寅吉が使用した望遠鏡。この件についてお知らせいただいたガラクマさんにご提供いただいたものです)

前原寅吉については、別のところでもいろいろ記事を書いたので、このことは本当に嬉しい驚きでしたが、望遠鏡そのものの正体は、依然杳として知れませんでした。

   ★

しかし偶然の女神は備えある心に微笑むとかや。
昨日の記事を書くために、フラマリオンのことを改めて調べていて、その正体がにわかに分かったのです。


■ASTROPOLIS.FR:Camille Flammarion, 1842 - 1925.

上記のページを漫然と見ていたら、おなじみの『アストロノミー・ポピュレール』の表紙と並んで、あの特徴的な三脚と見慣れたフォルムが輝いているではありませんか。

(上記ページより画像寸借)

説明文に目を走らせると、フラマリオンは『アストロノミー・ポピュレール』の中で、「学校用望遠鏡(la lunette des écoles)」なるものを提唱し、それをフランスの望遠鏡メーカー、バルドー(Bardou)と共同で開発したようなことが書いてあります。バルドーはフラマリオン御用達で、彼の活動拠点ジュヴィシー天文台のメイン機材もバルドー製でしたから、これは大いにありうる話です。

「え!」と驚きつつさらに検索したら、この望遠鏡がフランス文化省のサイトで、文化遺産として紹介されているのを発見しました(上の望遠鏡の画像もここから採ったもののようです)。

■lunette astronomique dite 'lunette des écoles' ou 'à noeud de compas'

Googleによる英訳だと、ちょっと意味の取りにくいところもありますが、フラマリオンは初等教育の現場に望遠鏡を普及させるため、この望遠鏡をミニマムスペックのものとして提案し、1902年のフランス教育同盟の場で採択されることを願ったようです。
彼はかつて「砲筒の代わりに望遠鏡を!」と訴え、天文学が普及することで人類の意識が変化し、平和な世界が実現することを夢見ていました。いわばその「先兵」が、この望遠鏡だったわけです。

残念ながら、フラマリオンの夢はいまだ実現していません。
でも、その夢が美しく気高いものであることを否定する人はいないでしょう。その願いは、はるか日本にもさざ波のように寄せ、青森では前原寅吉がそれを手にし、また偶然の連鎖を経て、私もそれを手にすることになりました。

フラマリオンの思いに応えるために、今何ができるのか?
これは望遠鏡とともにフラマリオンから託された大きな宿題です。