ちょっと昔の化石趣味(4)2011年02月20日 23時00分35秒

第2章「化石の採集」に続いて、第3章「化石の整理」では、舞台を放課後の理科室に移して、化石との愉しい対話が続きます。

「新聞紙にくるんだ化石を1つ1つひらいていくと、昨日のたのしい思いでが、また目のまえにうかんでくる。“この化石は、川にひざまでつかって、やっととったんだ”というように、1つ1つの化石がなつかしい。」

苦労の末に手にした戦果だけに、喜びもひとしおです。
しかし、新聞紙から取り出した化石は、そのままではいけません。化石採集が立派な研究に結びつくまでには、これからひと手間もふた手間もかかるのです。

「まず、第1ばんめにしなくてならないことは、化石の“クリーニング”である。〔…〕化石のまわりについている泥や岩をとりのぞいて、化石をそっくりそのままとりだしたり、まわりの岩石をとりのぞいて、化石をよく見えるようにすることである。」

使う道具は、たがねとハンマー。



「クリーニングは、根気のいる仕事で、いそいだり、あわてたり、いっぺんに大きくはがしてしまおうとすると、化石をかいてしまうので、すこしずつ、コツコツと〔赤字部分、原文太字〕、仕事をすすめよう。クリーニングをしているうちに、思わぬところから、美しい化石が顔をだしたときは、“わぁー”とさけび声をあげてしまうほどうれしいものである。
 放課後、化石を採集にいった友だちといっしょに、おしゃべりをしながら、クリーニングをするのは、たのしみの1つである。」

化石少年たちの、伸びやかな交流がうらやましいですね。
こうしてできた立派な標本は、きちんとナンバリングして、標本箱に整理します。


「もし、理科室に標本戸棚があれば、その引きだしにしまう。標本戸棚がないときは、標本箱(運搬箱ともいう)にいれて整理する。標本戸棚も標本箱もないときは、リンゴ箱でも、みかん箱でも、お菓子の箱でもなんでもよいから、あき箱を利用すればよい。〔…〕岩手県のある中学生は、日曜日ごとに採集してきた化石を、整理するのに、とうとう、お母さんのタンスをせんりょうしてしまったということであるが、お父さんやお母さんや先生に相談したり、自分で工夫したりすれば、きっとうまい方法がみつかることだろう。」

何だかおかしなエピソードですが、きっとこの岩手の中学生は、化石の詰まったキャビネットに強烈に惹かれていたのでしょう。博物趣味の徒として大いに有望ですね。

で、そうした嗜好に欠かせないのが、紙箱とラベル。学校の理科室に標本としてかざる化石や、展らん会にだす標本は、ぜひ、この紙箱におさめておきたいし、正式には、紙箱のなかに、“標本ラベル”をいれておかなくてはならないのです。おなじ化石でも、こんなに大切にされたら、さぞうれしいことであろう

化石整理の楽しさに、つい時の経つのを忘れてしまいますが、窓の外にはいつの間にか夕闇が迫っています。これだけのことをしていると、たいてい夕方までかかってしまう。泥や砂でよごれた机はよくふいて、床をはいたら、先生に仕事が終ったことをつげ、戸じまりをきちんとしてから家へかえろう

   ★

さて、ここまでは言わば常識的な話ですが、この『化石学習図鑑』は、この後がけっこう熱いです。ちょっと意外なのは(化石趣味の人にとっては意外ではないのかもしれませんが)、有孔虫や紡錘虫などの微小化石にも多くのページを割いていることです。

岩をすりつぶして、微小化石を取り出し、スライド標本を作る方法や、微小化石の断面を観察するために岩石の薄片標本を作製する方法が、(カーボランダムを使った磨きのテクニックや、岩石片をスライドガラスに接着するカナダバルサムの焼き具合に至るまで)非常に具体的に書かれています。


その中で繰り返し強調されているのが、DIY精神で、とくに、町の学校の生徒は、道具をそろえることをまず考えるが、それはいちばん悪いくせで、“まず、やってみること”これがいちばん大切であると、手近な道具で工夫することの重要性を、著者は説いて止みません。この著者が言うと、それがお題目に聞こえないのは、自らそれを実践してきた人だからでしょう。

   ★

「完結編」のはずだったんですが、何だか終らないですね。
この後は、第4章「化石の名前のつけ方」(←報文発表の仕方まで書かれています)、第5章「いろいろな化石の種類」(ここでも小型有孔虫の説明に力が入っています)、第6章「化石のできかた」と続くのですが、とりあえず当時の化石少年風俗の一端がわかったところで、本の紹介はここまでとします。

(↑高校生の書いた論文の実例が載っています。真摯な姿勢が好ましい。)

   ★

最後に「おわりに」から、著者が当時の若い読者に宛てたメッセージを引用します。

「化石の学問だけでなく、すべての学問は、日本なら日本という1国のためにあるものでもなく、全人類のためにあるものであり、世界のすべての国の学者や化石の愛好者となかよく文通したり、標本を交換したり、論文を批評しあったりして、世界のどの地方へでも、自由に旅行し、見学し、採集できるようにしなくては、進歩も発展もしないものだ、ということも、しっかりおぼえておいてほしいと思います。」

目標は高く!理科少年の志を今こそ!!


コメント

_ S.U ― 2011年02月22日 20時21分36秒

本編の第1回を拝見した時は、古代文明の遺跡でオーパーツを見つけた時のようなショックを受けましたが、どうやら、化石探しは先駆的分野で、かつ、図鑑の著者の個性と意気込みもあいまったものではないか、と納得するに至りました。また、この「化石ブーム」が、その後の1960~70年代のアマチュア天文ブームの下地になったという仮説も出てきそうに思います。

_ 玉青 ― 2011年02月22日 21時58分47秒

そういう側面は確かにあるのでしょうね。今日の記事でもその点に触れてみました。
そして、天文趣味は一面では明治・大正以来の伝統を有する、化石趣味の先達でもあるので、相互の込み入った影響関係は、さらに調べてみる価値がありそうです。

_ S.U ― 2011年02月23日 19時42分36秒

悠久の宇宙と悠久の地質時代、それに憧れる理科少年の心は同根かもしれません。 子どもたちが、実際に、化石に触れたり、星を観察したりするとして、どちらの敷居が低いかが時代とともに変わってきたということは関係していて、少なくとも、戦後の一時期は化石のほうが近づきやすかったのでしょう。
 さて、現代はというと、...どうでしょうね。

_ 玉青 ― 2011年02月24日 20時28分51秒

悠久への憧れ。遠い遠い世界への夢。
それを胸にして、眼の前の現実に立ち向かう心。
少年たちよ、透明で、強くあれと心底願います。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック