気象趣味のこと(附・ガリレオ温度計の祖型)2017年09月25日 07時02分27秒

昔から言われる天文趣味の大きな特徴は、「星は遠くから眺めるしかできない」こと。

天体は、昆虫や鉱物と違って、直接手に取って愛でたり、収集したりすることができません。したがって、フェティッシュな喜びから遠い…という意味で、いささか抽象度の高い趣味なのかもしれません。

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しかし、星よりもはるかに身近でありながら、いっそう抽象度の高い趣味があります。
それが気象趣味です。

「え、気象趣味なんてあるの?」と、思われるかもしれませんが、趣味の延長で、気象予報士を目指す人が、毎年おおぜいいる事実を思い起こしてください。昔、19世紀のイギリスにも、自宅に気象観測機器を一式備え付けて、毎日律儀に記録を付ける紳士がたくさんいたと聞きます。

思えば、気温、湿度、気圧、風速、風向…これら気象学の主な観測対象は、すべて目に見えません。もちろん、計器の示度は読めますが、そこで測られる当の相手は、まったくインビジブルな存在です。

確かに雨は目に見えるし、雲は飽かず眺めるに足る存在でしょうが、しかし、いかにも取り留めがないです。そこには星座のようにピシッと決まった形もなければ、その運行もまったくの風任せです。

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そうした取り留めのない対象の背後に、一定のパターンを見つけ出すことで、現象を説明し、予測する…そこに気象趣味の醍醐味はあるのでしょうが、やっぱり抽象度の高い趣味だと感じます。私が気象趣味に対して、何となく「高尚」な印象を勝手に抱くのも、その抽象度の高さゆえです。

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とはいえ、この本↓はさすがに「ビジュアル」を謳うだけあって、見るだけで楽しいです。


ブライアン・コスグローブ(著)
 『気象』(ビジュアル博物館 第28巻)
 同朋舎出版、1992


大気の立体的な運動の解説も分かりやすいし、


古風な観測機器の図が、天文古玩の情趣にも合います。


中でも、このガラス製温度計の美しさときたらどうでしょう。

 「初期のフィレンツェの気象学者は、ヨーロッパで最も技術の高いガラス細工師の助けを借りることができた。このガラス吹きつけ技術のおかげで、多くの計測器具を実現できた。ここに見られる精巧で美しい温度計は、ガリレオの少しあとの時代のものである。管に満たした水中を色のついたガラス玉が上下して温度を表示した。」 (本文解説より)

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話が枝葉に入りますが、上の説明にはちょっと腑に落ちない点があったので、所蔵表示を頼りに、ガリレオ博物館(Museo Galileo)にある現物を見に行ってきました。


そこでは、「房状温度計(Cluster thermometer)」の名前で紹介されており、高さは18センチと、思ったよりも可愛いらしいサイズです。

管の中を満たしているのは、(上の本に書かれているように水ではなく)アルコールで、そこに密度の異なるガラス球が封入されており、温度の上昇につれて、密度の低いものから順に浮かび上がる仕組みだそうです。

要は、今あるガリレオ温度計そのものなんですが、ただし、紹介文中にガリレオの名前はなくて、代わりに発明者として、メディチ家のフェルディナンド2世(1610-1670)の名前がありました。まあ、実際に製作したのは、大公お抱えのガリレオの弟子たちあたりでしょうが、この科学マニアの好人物に、その栄誉が帰せられたのは、ちょっと微笑ましい感じがします。