落日のドイツ帝国にハレー彗星来る2022年09月13日 21時10分33秒

円安がますます進んで、買えるものもだんだん限られてきました。
そんな中でも紙物は強い味方で、まあ紙物といってもピンキリですが、せいぜい値ごろで魅力的なものを探そうと思います。

…と考えつつ、こんなものを見つけました。


何だかひどく装飾的なハレー彗星のリーフフレット。
1910年のハレー彗星接近を前に、ドイツのニュルンベルクで発行されたものです。
「星空におけるハレー彗星/特別図1枚及び補助図2枚付き」と書かれた下に、K. G. Stellerという版元の名が見えますが、どうやら私家版らしく、詳細は不明。大きさは23.5×15cmで、A5サイズよりもちょっと縦長です。


天の北極を中心とする円形星図を囲んで、ドーリア式の円柱とアーチがそびえ、そこに円花文様(ロゼット)や唐草文様がびっしり描かれています。いずれも古代オリエント~ギリシャの伝統文様。そして、てっぺんには天文界の四偉人、コペルニクス、ケプラー、ニュートン、ラプラスの名が…。ひょっとしたら、このデザイン全体が、彼らを称える霊廟なのかもしれません。

いかにも大時代というか、当時の歴史主義建築の影響が、片々たる紙物のデザインにまで及んだのでしょうが、第一次大戦の直前、ヴィルヘルム2世治下のドイツ帝国では、これが「時代の気分」だったのかなあ…と思いながら眺めています。

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さて、肝心の中身ですが、リーフレットは二つ折りになっていて、中を開くとこんな感じです。


「1910年3月、4月、5月のハレー彗星の径路」と題して、彗星が徐々に天球上での位置を変える様子を図示しています。

(赤線で示されているのが彗星の位置変化)

このとき彗星はうお座の方向に見えていました。そのプロットは、左下の1月25日から始まり、2月、3月、4月と、時間経過とともに徐々に右(西)に向かって進み、4月24日すぎにクルッと方向転換して、今度は反対に左(東)へと進んでいく様子が描かれています。

赤線の下の太線は黄道で、その上に描かれた小円は太陽の位置です。
上の画像だと右下の3月13日から始まって、左上の4月22日まで、太陽が天球上を動いていくのが分かります。

この2つの情報から、宇宙のドラマを3次元的に脳内再生できますか?
太陽の位置変化は、地球自身の公転による見かけ上のもので、彗星の位置変化は、彗星自身の動きプラス地球の公転の合成です。私にはとても再生不能ですが、それでも何となく彗星がクルッと方向転換するあたりで、太陽をぐるっと回り込んだんだろうなあ…というのが想像できます。彗星の尾は太陽風によって、常に太陽と反対方向になびきますから、その尾の動きも併せて想像すると、よりリアルな感じです。

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図の下に書かれた説明に目をこらすと、例によってドイツ語なのであれですが、かなり本格的なことが書かれている気配です。たとえば、本図はクロメリンとその協力者スマート〔文中ではSinartとミスプリ〕の計算に基づくものであり、「彗星は4月20日に近日点を通過すると予測されている」こと、そして「そのとき彗星の速度は秒速54kmに達し、太陽との距離は約8,700万kmである。一方、太陽から最も遠い遠日点では、太陽から約5,000km〔これは5,000ミリオンkm、すなわち50億kmの間違い〕のところにあり、速度は〔秒速〕1km未満に過ぎない」…云々。この印刷物が、ある真剣な意図をもって作られものであり、少なくとも「近日点」「遠日点」という言葉にたじろがないだけの知識を持った人を対象にしていることを窺わせます。

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ちなみに裏面にはもう1つガイド星図が載っていて、ハレー彗星が位置するうお座(とおひつじ座・おうし座)の見つけ方を指南しており、まことに遺漏がないです。


ごくささやかな品とはいえ、旧時代の空気を漂わせ、なかなか堂々たるものです。

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