『星恋』(3)2010年01月04日 21時09分03秒

この際なので、昭和21年の旧版も見てみようと思い立ちました。
古書検索サイトに当たると、運よく近くの古本屋で売っていることが分かったので、正月早々さっそく買いに走りました。

昭和21年といえば、食糧事情が戦時中よりもむしろ悪化した頃ですから、物資は極端に乏しく、この本も至極粗悪な紙に刷られています。そのため、六十年以上たった今では、全体がすっかり褐変し、遠からず紙自体が崩壊するかもしれません。奥付を見ると、まだ統制経済下のため、出版元とは別に「日本出版配給会社」が配給元となっています。

  ★

抱影の跋文は昭和21年2月付け(新版の後書きは昭和29年に書き下ろしたもの)。これを読むと、そんな時代に星の本を著そうと奮い立った彼の心模様がよくわかります。

「八月十五日の感動の余波は幾日もつづいた。」

ここでいう「感動」はプラスの意味ではありません。

「その悶々に悩みきった末に、私は漸く随筆『星三百六十五夜』
の執筆に没頭することを決心して、荒みゆく世相に一切耳目を
蔽ひ、日夜ペンを呵して、大晦日までに二百余枚を書き上げた。
〔…〕星を恋ふる私たちの熱意だけは、同じく星を恋ふる人々に
喜んでいただけることと信じ、さらずとも現世の地獄変相図から
天上へ眼を向けるよすがにもと、茲に本書を献げるのである。」

終戦直後というのは、私から見ると、窮乏と混乱のいっぽうでカラリと明るい印象があるのですが、抱影にとってはひたすら退化しゆく時代と感じられたのでしょう。かといって、彼は悲惨な戦争の世を懐古する気には毛頭なれません。本書収録の「空の祝祭」という一文では、彼は戦時中、星を憎みさえしたと告白しています。

「星にさへ私は、彼等が戦禍の後の下界へ冷厳な目を投げ、時に
は照明弾の吊り星や、焼夷弾の火の雨にまざり、敵機編隊までも
模倣し劫〔おびや〕かすことに憤りを感じ、果ては憎悪をまでも
抱くやうになった。」

戦争の峻烈さは、「星の翁」の心をも大きく捻じ曲げてしまったのです。

「それが終戦の後漸く自分を取りもどし、苦笑し、再び以前のや
うな眼でしみじみと彼等を見上げられたのは、考へれば明治節の
明け方のこの空の祝祭が初めてだった。」

明治節、すなわち今の文化の日の明け方、空を彩る冬の輝星と居並ぶ惑星や月の姿に、彼は昔と変わらぬ天上の美をふたたび感得したのです。それが明治節の明け方だったことを強調するのは、明治人・抱影のアイデンティティ確認宣言に他なりませんが、彼の内面を理解する上で、この側面はかなり重要な気がします。

彼の文章の呼吸は、結局明治の人のそれであり、現代の天文ファンの一部にもそれが受け継がれている(らしい)のは、「賢治趣味」と並んで、日本の天文趣味の際立った特徴だと思います。

「但し明けはなれたのは、ここでさへ国旗のまばらな明治節だった。」

二度と帰らぬあの世界。抱影は深い寂寥をたたえて、この一文を結んでいます。

コメント

_ S.U ― 2010年01月05日 21時30分09秒

確かに、抱影節、明治の呼吸 というのはありますね。なんか背筋がピンと伸びていて、そして三味線と囃子詞が聞こえるような。でも、抱影翁が昭和50年代に至るまで天文解説の活動をし、かつ、新作を書いていたことは驚くべきことだと思います。
 私は、昭和40年代にリアルタイムの抱影翁の話に、テレビやラジオ、新聞で触れたことが何度かありますが、古くさい老人という感じはまったく持ちませんでした。でも、これこそ、「明治人」の気概だったのかもしれません。

 ところで、明治人というのは何なのでしょうね。明治時代に青春を過ごした人はみんな「明治人」になったのでしょうか。私の父方の祖父も抱影翁とほとんど変わらない年代の生まれだったのですが、「明治人」だったかどうか、記憶からはちょっとどちらとも言えないです。

_ 玉青 ― 2010年01月06日 22時38分57秒

明治人といっても実体は様々ですね。

抱影の場合、「明治の東京人」といった方が正確でしょうか(元は浜ッ子ですが)。ステレオタイプな言い方をすると、洒脱で、淡白で、一本気で、鼻っ柱が強い割に意気地無しで、見栄坊で、情にもろくて、照れ屋…といった性格。内面に矛盾が多いんですよね。でも、私はそういう人が好きです。

まあ、抱影にどこまで当てはまるかは分かりませんが。(結構当てはまりそうな気もします。)

_ S.U ― 2010年01月07日 07時15分49秒

>洒脱で、淡白で、一本気で、...意気地無し
こりゃ、江戸時代の江戸ッ子ですね。

_ 玉青 ― 2010年01月08日 20時53分07秒

あははは。でも、ちょっと前まで、そういう匂いを残した人が、私の周りにもまだまだいたような気がします。

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