夏休みは理科室へ…理科室の怪談(その2)2011年08月07日 15時58分51秒


(背景は、武田信夫氏の写真集『懐かしの木造校舎』‐作品社、1992‐より)

昨日のつづきです。
以下、青字は常光・松谷両氏の前掲書からの引用です。

事例1
「三 のっぺらぽう・一つ目・お岩さん
 昭和十三年、三年生の頃の話。古い校舎の二階に標本室があり、人体標本などのあるうす暗い部屋の前から中二階の教室(畳敷)があり、数段の階段があった。そこに行くと、うす暗くなった頃に妙齢の娘が出て、顔はノッベラポウだといった。何でも学校の裏手の家の娘で、そこで死んだという話を聞いたことがあった。すぐそばに便所があり、廊下からみると階段の上にその部屋の天井が見えていて、変な中二階であったことが噂を作ったのかも知れず、担任もそこへ行くものでないといっていたのは、その場所が補習科(高等科)の女の人の裁縫の部屋だったからかも知れぬ。 山形県・武田正/文」
(松谷p.203)

理科室(標本室)が登場する、古い時代の怪談の例です。
ただし、直接理科室にまつわる怪談というよりは、階段・便所とともに、不気味なムードを醸し出す舞台装置として、理科室が利用されているにすぎません(戦前のいたずら坊主どもも、理科標本には相当ビビっていたようですね)。まだ「理科室の怪談」と呼ぶには未完成で、ノッペラボウというのが、むしろ江戸以来の怪談話との連続性を感じさせます。

■事例2
「五 工事事故のたたり
 当校の卒業生である先生に聞く。現在勤めている学校。昭和十年完成。二階建の新校舎を建てる時(以前墓地)すでに大方仕上がり二階部分の壁ぬり作業になった。足場を組んで外回りをぬっている時、一人の職人があやまって足をすべらせ地面に落ちてしまった。そのため、死亡してしまった。その後工事は進み、校舎は仕上った。しかし、その後、日が経つにつれ、理科室の壁面に怪奇な現象が起こるようになった。準備室の戸棚の陰の部分に大人の手の跡が現れるということだ。夕方下校時や雨もようのうすぐらい日などに起こるという。ちょうどその壁の裏側から職人が落ちたということだ。今はその校舎もこわされ、近代的な新校舎になった。 群馬県・山本茂/文」
(松谷p.35)

これまた戦前に遡る古風な因縁話。
理科室が正式な舞台として登場していますが、「出る」のは工事中に死んだ左官職人の手の跡ですから、いわゆる「理科室の怪談」― つまり、理科室という空間の特殊性と結びついた怪談とも言い難い。理科室独自の怪談が生まれるまでには、いろいろなプロトタイプがあったことが想像されます。

■事例3
「宿直の怪・その一
 兵庫県小野市のある学校に入り、初めての宿直の夜のこと、宿直室の隣りの理科室でコツコツという足音がする。怖いもの見たさに木刀をさげて、理科室の前へいった。と、女の人のすすり泣きが聞えてきた。なかをあけると声はやみ、懐中電燈の光の中に骸骨が立っていた。次の朝、用務員さんにいうと、ああそのことかと簡単にいった。昔、理科室で女の人が心臓麻痺で死んだ。それで先生方は泊りの夜、一番に理科室の前へ行って、今夜静かにしといてや、いうて拝むのや。そしたら何にもないんやで、といわれた。その理科室はのちに神主さんがおはらいをし、坊さんにお経をあげてもらって女の人の魂をなぐさめた。それからは何もおこらない。雨の夜になると思い出す。 兵庫県・玉井義明/文」
(松谷p.169)

これは時代が不明ですが、教員が宿直に当たっていた頃ですから、たぶん昭和20~30年代の話でしょう(文部省が教員の宿直廃止を省議決定したのは昭和42年)。この頃に至って、理科室の怪談の「型」が徐々に定まってきたのではないでしょうか。

過渡期ゆえか、上の話では女の人がなぜ理科室で心臓麻痺を起したのか、そこに納得のいく説明がありません。例えば、「女の人が理科実験の失敗で死亡し、その遺体が骨格標本にされて、夜な夜な泣くのだ」とでもすれば、怪談のプロットとして一応首尾が整いますが、上のストーリーは、そうした意味で怪談としてまだまだ進化途上という気がします。

上のリライトはちょっと後段がグロテスクですが、しかし理科室の怪談は確かにそういう方向性を持って進化したらしく、常光氏の本には次のような例が見えます。

■事例4
「姉の通っている私立高校で、昔四階の音楽室から女の人が飛び降り自殺をした。その死んだ女性の顔の四分の一を標本にして理科室に保存しておいた。ところが、それ以来、夕方理科室の鍵をかけておいても、朝になると不思議に開いているという (女子・中学一年になって高一の姉から聞く)」 (常光p34:常光氏が1985年に都内の中学校で採録)

全くありえない設定ですが、話者の心意としては、話のリアリズムを犠牲にしてでも、生理的な気味悪さを強調したかったのでしょう。ホラー映画がスプラッタームービー化した時代の産物でしょうか。女生徒たちも存外それを喜んでいたみたいですね。

(この項、さらにつづく)

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