フランス天文学会の門をくぐる2014年04月29日 08時11分58秒

さて、話をふたたびモルー神父(1867-1954)に戻します。
彼は26歳のときに(1893)、カミーユ・フラマリオン(1842-1925)がその6年前に創設したフランス天文学会(Société Astronomique de France;SAF)に加わり、フラマリオンと親しく接することで、その天文趣味を大きく育んでいきました。

これはモルー神父に限らない話で、フランスの天文趣味は、良くも悪くもフラマリオンとSAFの圧倒的な影響下にありました。これはフランスの国柄とも関係するのですが、フランスは伝統的に中央集権国家であり、あらゆる組織が中央集権的色彩を帯びていた…と言われます。そのため、たとえば同時代のイギリスが、各地に自立的な地方天文協会を生み落とした後に、それらが連合して全国組織を作り出したのに対して、フランスの場合はまずSAFという中央組織が作られ、その後各地に支部が順次成立したという、真逆の状況があったようです(1)。

この19世紀のパリに生まれた洒落た団体は、遠い異国の存在とばかり言い切れません。以前、「明治日本のアマチュア天文家…日本天文学会草創のころ」と題して2回にわたって記事を書いたことがありますが(2)、その第2回で触れたように(その中ではSAFを「フランス天文協会」と訳していますが、同じものです)、草創期の日本天文学会は、SAFの影響を受けていましたから、フラマリオンの影は、意外と身近なところにまで差しているわけです。

そこで―。
私もフランス天文学会の門をくぐってみます。もちろんSAFは今も存続していますから、普通に正面からくぐってもいいのですが、ここは天文古玩的に、過去にさかのぼってフラマリオンその人に会いに行こうと思います。
そのパスポートがこの1枚の紙。


戦前のフランス天文学会会員証。
寸法は8cm×12cmで、名刺より大きく、葉書よりは小さいサイズです。

中央には月桂樹に飾られた天文用具が並んでいますが、ここでもアーミラリーが望遠鏡や八分儀を従えてデンと居座っており、その地位は絶大。さらに、その背後から昇る巨大な太陽の光芒には、フラマリオンが選んだ12大天文家の名前が見えます。

ピタゴラスに始まり、ピロラオス、アリスタルコス、ヒッパルコス、コペルニクス、ガリレオ、ケプラー、ニュートン、ラプラス、ハーシェル、アラゴー、ルヴェリエの12人。なんとなく古代偏重と、フランス人の身びいきが感じられる人選ですが、この辺がフラマリオンの天文観を反映しているようです。

最後のルヴェリエは、フラマリオンが若い頃パリ天文台に勤めていた際の上司。彼は海王星発見の立役者で、天文学者としては一流でしたが、人間としてはいささか狷介・短気な性分で、結果的にフラマリオンも耐え切れずに彼の元を去ることになりました。それでもフラマリオンの天分を最初に見出したのはルヴェリエでしたし、フラマリオンはその恩義と才能に深い敬意を抱いていたと思われます。

なお、同学会の会長はフラマリオンで間違いありませんが、その上に名誉会長を戴いていたらしく、「LE PRÉSIDENT Bonaparte」の名前が右側に見えます。これは第6代カニノ公、ローラン・ボナパルト(1858-1924)のことで、ナポレオン1世から見ると弟の孫にあたる人物。彼は門閥の出であると同時に好学の士で、フランス地理学会会長など、複数の学会に関与していました。


会員証の裏面はこんなふうです。元の持ち主は、会員番号6346/カミーユ・ティオンヴィル氏。本当はサインや写真や証紙などを貼ったり書いたりしないと無効だったみたいですが、いかなる事情か、その辺は全部空白になっています。

フランス天文学会は上述のとおり今も存続しており、エッフェル塔を間近に望む、ベートーヴェン通り3番地に事務局を置いていますが、当時は東に4キロ寄った、シテ島そばのセルポント通り28番地が所在地でした。
セルポント通りは日本語に直せば「蛇小路」。パリでも最も古い地区にある、この妖しい街路こそ、フラマリオンの幻想を託すにはふさわしいような気もします。

【註】
(1)http://mononoke.asablo.jp/blog/2014/01/15/7193360 に掲出した
   G. Cameronの論文、p.273以下を参照。
(2)http://mononoke.asablo.jp/blog/2010/12/26/5609654
   http://mononoke.asablo.jp/blog/2010/12/27/5611389

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