空の旅(6)…オスマン朝の天文書2017年04月20日 06時57分55秒

前回の暦術書は、わずか一ページの断片でしたが、今日は完全な一冊の本です。
時代はさらに下って、イスラム世界最後の大帝国、オスマン朝末期に出版されたもの。いわばイスラム天文学の末流の、そのまた掉尾を飾るもの…と言える品です。


例によって、プレートの文字を転記しておきます(例によって信頼性は怪しいです)。

「オスマントルコ時代の天文書」 「1894年、オスマントルコで出版された天文書。西洋から摂取した近代天文学と、伝統的なイスラム天文学の知識が混淆しています。石版印刷。」


表紙はあずき色の革装丁で、そこに凝った空押し模様が施されています。
この本は、「博物蒐集家の応接間」のイベントの際は、表紙を閉じたままガラスケースに入っていたので、来場された方も、中身をご覧いただくことはできませんでした。
ちょっと勿体ぶりつつ、改めてその表紙を開くと…

(本文は薄黄色の紙に、石版で刷られています)

冒頭からイスラム情緒全開です。

これがアラビア語なのか、ペルシア語なのか、あるいは更に別の言語なのか、その判別もできないぐらい、私はイスラム文化にうといのですが、でも遠い存在だからこそ、憧れが生まれる余地もある…とは、前にも書いた通りです。(にわか仕込みの知識で見直すと、文中にペルシア語だけで使う文字が見て取れるので、ペルシア語なのかな?と想像しますが、ぜんぜん違うかもしれません。)


いちばん下の図は、おそらく月の満ち欠けを示す月相図
イスラム暦(ヒジュラ暦)は太陰暦の一種なので、毎月の日にちと月相が一致します。この図は、円の全周を29の区画に分かち、一番右側の、時計でいえば3時の箇所だけ、他よりもちょっと大きくなっています。イスラム暦は、29日の「小の月」と、30日の「大の月」の繰り返しから成り、ひと月は平均29.5日ですから、この箇所に1.5日分を配当しているのでしょう。

となると、真ん中の図は月の満ち欠けの説明図であり、似たような図は中世の書物にも載っています。

(英語版wikipedia「Astronomy in the medieval Islamic world」の項より。

では、いちばん上の図は何か?…と思ってじっと凝視すると、プトレマイオス的天動説の説明図のように見えます。すなわち、地球を中心に置いて、いわゆる周転円の概念を用いて天体の運行を解いた図。これまた中世のイスラム黄金時代を経由して、古代の知識が近代まで持ち伝えられた例と言えるかもしれません。

(出典同上)


こちらは天動説的な太陽系図のようでもありますが、やっぱり地動説的な多殻天球図かも。

とはいえ、こうした図がどこまで19世紀末のオスマン朝で、真面目に受け止められていたのか?あるいは、天文学史を説明する項目において、過去の学説として紹介されているだけなのかもしれず、その辺がボンヤリしています。

そもそも、「イスラム黄金時代」というような言葉を使って、自分は何かを分かった気になっていますが、そこからして相当あやふやで、ましてや近世以降のイスラム世界における科学の概況なんかは、完全に知識のブランクになっています。


そんな次第にもかかわらず、この異国の天文教科書に手が伸びたのは、まさに私自身の憧れのしからしむるところで、遠い世界への憧れなしには、そもそもこのブログ自体成り立ちませんから、それはそれでよいのです。


(…と開き直りつつ、さらにこの項つづく)

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