コペルニクスの隣にいる例のあの人 ― 2023年07月23日 08時56分59秒
ちょっと前にも書きましたが、コペルニクスが亡くなったのは西暦1543年のことで、主著『天球の回転について』が公刊されたのも同じ年です。あと20年すると「コペルニクス500周年」が、世界中でにぎにぎしく祝われることでしょう。
一方、今から80年前、1943年は「コペルニクス400周年」でした。
そこにはコペルニクスの記念切手と記念スタンプが捺され、その祝賀ムードに花を添えていました(スタンプにある「5月24日」というのは、彼の命日です)。
最近、同じスタンプの捺された別の封筒を目にしました。
そう、その祝賀ムードには大きな影が差していたのです。
1939年、相互不可侵条約を結んだナチス・ドイツとソ連が、ポーランドに東西から攻め入り、国家としてのポーランドは消滅。両国による分割統治が始まりました。その結果、コペルニクス400年もまた、ドイツ発行の記念切手と、ドイツ語表記の記念スタンプによって、「ドイツ人天文家・コペルニクス」として祝われたのでした。(ただし最後の点は、ナチス以前から、コペルニクスのアイデンティティはドイツ人だとする、ドイツの身びいき論が根強くありました)。
★
コペルニクスとヒトラー。
ナチスとオカルティズムの関係は、ときに面白おかしく語られることもありますが、ヒトラー自身は(大衆扇動の手段として重用はしたものの)、迷信の類を強く嫌悪したとも聞きます。では、ヒトラーは理性的な人間であったのか?…と考えると、彼の主張と行動は、疑似科学に彩られた反理性的なものであったと言わざるを得ません。
まあ、反理性的ではあっても、人としての美質を備えた人もいるし、反対に理性的ではあっても、人間的に芳しくない人もいるので、<理性-反理性>の物差しで善悪がスパッと決まるわけでもありませんが、コペルニクスとヒトラーが並んでいるのを見ると、人間の可能性と限界について、いろいろな思いがモヤモヤと浮かんできます。
コメント
_ S.U ― 2023年07月23日 16時16分22秒
_ 玉青 ― 2023年07月25日 19時31分08秒
ナチスの場合は、「優生思想」という耳障りのいい(?)言葉よりも、もっと露骨に「断種」とか、障害者虐殺の蛮行が連想されます。彼らは人間自身を家畜や作物のように品種改良するという意識でいたのだと思いますが、それを支えた「理性」に我々はどう対抗すべきなのか。今でも「命の価値と選別」を合理化しようとする言説は、折に触れて表面化しますから、これはよくよく考えねばならないと思います。
引用された資料に私個人のライフヒストリーを重ねると、私が入学する前から、優生に関する項目は削除が進み、小~中学校で習うことはありませんでした。最後の高校段階になって、年表上はぎりぎり保健体育の単元として優生に関わる事項があったことになっていますが、これも習った記憶はありません。(たしかに「保健体育」の教科書は買わされた気がしますが、「保健」の授業を受けた記憶がありません。それに、当時すでに優生思想は強い社会的批判にさらされていたはずですから、そんな火中の栗を拾うような授業をやれたとも思えません。)
余談ながら、「優生」と似た言葉に「優性」があって、「優性遺伝」と「劣性遺伝」は当然習いましたが、こちらも今は「顕性遺伝」と「潜性遺伝」に言い換えが進んでいますね。
引用された資料に私個人のライフヒストリーを重ねると、私が入学する前から、優生に関する項目は削除が進み、小~中学校で習うことはありませんでした。最後の高校段階になって、年表上はぎりぎり保健体育の単元として優生に関わる事項があったことになっていますが、これも習った記憶はありません。(たしかに「保健体育」の教科書は買わされた気がしますが、「保健」の授業を受けた記憶がありません。それに、当時すでに優生思想は強い社会的批判にさらされていたはずですから、そんな火中の栗を拾うような授業をやれたとも思えません。)
余談ながら、「優生」と似た言葉に「優性」があって、「優性遺伝」と「劣性遺伝」は当然習いましたが、こちらも今は「顕性遺伝」と「潜性遺伝」に言い換えが進んでいますね。
_ S.U ― 2023年07月26日 05時33分40秒
昔のご経験の情報ありがとうございます。やはり、なぜか、指導要領や教科書に載っているだけ、という印象ですよね。
>断種
日本の戦後でも主たる方法論は断種であり、最近の判決によると、優生保護法の施行には国が半強制的に行った責任を認めざるをえないようです。戦後民主主義の日本で、ナチスまがいの「優生学」が「科学教育・普及」の形をとって現れたことは、政府、あるいはGHQの特別な意図を感じます。たとえ、「国策の科学技術」として意味がある考えだとしても、実効的には、教師は学校で進んで教える気にはならず、仮に子どもが(大人でもそうでしょうが)教育されたとしても、その通り個人として行動するとはとても期待できないのは明白と思いますが、あえてこのような方策を踏んだことは私には謎です。今後の宿題としたいと思います。
>断種
日本の戦後でも主たる方法論は断種であり、最近の判決によると、優生保護法の施行には国が半強制的に行った責任を認めざるをえないようです。戦後民主主義の日本で、ナチスまがいの「優生学」が「科学教育・普及」の形をとって現れたことは、政府、あるいはGHQの特別な意図を感じます。たとえ、「国策の科学技術」として意味がある考えだとしても、実効的には、教師は学校で進んで教える気にはならず、仮に子どもが(大人でもそうでしょうが)教育されたとしても、その通り個人として行動するとはとても期待できないのは明白と思いますが、あえてこのような方策を踏んだことは私には謎です。今後の宿題としたいと思います。
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ところで、戦後の日本の話ですが、私の小学生の頃までは、日本でも「優生思想教育」というのがありました。授業で教わったことはないと思いますが、指導要領や参考書には記述がありました。私は、人類全体のためには必要な考えかもしれないが、国で子ども相手の教育で進める必要があることなのかは、多少の違和感を感じたように記憶していますす。玉青さんはご記憶にありますか。私どもが最後の世代かもしれません。
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Shiryo/160yuusei_houkokusho_1-6.pdf/$File/160yuusei_houkokusho_1-6.pdf