「宿曜経」の話(2)…参(しん)は猛悪にして血を好むか?2012年07月18日 05時40分21秒

濃い青空、真っ白な雲、そして蝉の声の季節がやってきました。
それにしても暑いです。カルピスを飲んで、乗り越えねば。

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さて、諸星大二郎の「暗黒神話」を話題に出しましたが、あれから35年目にして知った驚きの真実。

それは、「宿曜経」の中に、「参(しん)は猛悪にして血を好み、羅喉(らごう)は災害を招(よ)ぶ」という、肝心の文句は出てこない、ということです。

(宿曜経上巻、「参」についての記述)

諸星作品に深い影響を受けた者として、にわかに受け入れがたいことですが、これは他の書籍からの引用か、あるいは諸星氏の純粋な創作に違いありません。




宿曜経に書かれているのは、単に「月が“参宿”(しんしゅく)にある日は、血を食べる日だ」という生活規範(※)と、「“参宿”の下に生まれついた人は、性格が猛悪(=乱暴)だ」という性格占い的な記述だけです。何かおそるべき神秘的事実が、そこで説かれているわけではありません。

(※)これはまがまがしい意味ではなく、ブラッドソーセージのような、現実のインドの食生活を反映した表現だと思います。宿曜経は、月の天球上の位置に応じて、日替わりで「果物を食べる日」とか、「乳粥を食べる日」とかを定めています。

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さらに羅喉(らごう)にいたっては、宿曜経にはその名前すら出てきません
(羅喉は、日月食を引き起こす魔物。その正体は諸説ありますが、天球上の月の軌道(白道)と太陽の軌道(黄道)が交わる点を、一種の「仮想天体」とみなして神格化したのだろうという説が有力です。)

(羅喉。矢野道雄前掲書より。矢野氏は「らこう」と澄んで読んでいます。)

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とどめは、作中の武内老人の言葉とは違って、参(しん)はオリオンの三つ星を指すのではないという事実。こうなると、「暗黒神話」のストーリー自体、崩壊に瀕してしまうので、ファンとしては複雑な思いです。

もちろん、東洋天文学史に関心のある方ならば、「え、参って三つ星のことでしょう?」と思われると思います。たしかに中国星座で言うところの参は、三つ星を指すのですが、宿曜経に出てくる参は、同じオリオン座でも、ベテルギウスを意味するそうです。
その証拠に、宿曜経では「参は一星、形は額上の点の如し」(参は一つの星から構成されており、その形はインドの人の額に見られる点のようだ)と解説されています。

なぜこんなことになったかというと、1日ごとの月の天球上での位置を示す「宿(しゅく)」の考え方は、中国でも、インドでも古くからあって、それぞれ独自に星座を当てているのですが、インド天文学を中国語に翻訳する過程で、位置的に一番近い中国星座を当てたために、実際には「同名異体」となっている例が多いのです。

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なんだか話が枝葉に入って、宿曜経そのものについて何も書いてないですね。
その辺のことを次回書ければと思いますが、あまり分からず書いているので、自信はありません。

それにしても、「暗黒神話」にはやられた…。

(この項弱々しくつづく)