金の星図2016年02月21日 10時04分52秒

美しい天文古書はいろいろあると思うのですが、頭抜けて美しい本、本当にこんな本が世の中に存在していいのか…とすら思えるような本も、中にはあります。
最近、見た瞬間うなったのはこの星図アトラス。


コルネリウス・レイシック(Kornelius Khristianovich Reissig)という人の、Sozviezdiia predstavlennyia na XXX tablitsakh (三十の図表による星座図誌)』という星図帳で、1829年に当時のロシアの首都・サンクトペテルブルクで出ました。何でもロシアで最初に出た星図帳だそうです。

鳶色というのか、アイボリーブラックというのか、深いニュアンスのある地紙に、金一色で繊細な星図が刷られています。「カラフル」とはおよそ対極にある、むしろ抑えた色調ですが、その中に何とも上品な華やかさがあふれています。

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調べてみると、『三十の図表による星座図誌』は、米カンサスにあるリンダ・ホール図書館のデジタルコレクションで全ページ閲覧することができて、そちらを見ると普通に白い紙に黒インクで刷られているので、おそらく出版にあたって、普及版と豪華版の2種類が作られたのでしょう。


   ★

それにしても、今から200年近く前に、それまで星図出版の経験がなかったロシアで、ヨーロッパの他国でも作られなかったような、こんな美しい印刷物が突如生まれたというのは、まったく奇跡を見るようです。いや、むしろ星図出版の後発国だったからこそ、こんな思い切った試みができたのかもしれません。

その上さらに驚くべきことに、ストックホルム大学図書館には、青い地紙に金で刷った版が所蔵されているのだそうです。

(Stockholms universitetbibliotekのサイトより)
https://specialsamlingar.wordpress.com/2014/07/16/en-rysk-stjarnatlas-fran-1829/

いったいどこまで美しさを追求すれば気が済むのか、思わずため息が出てしまいます。

   ★

ダニエル・クラウチ古書店のサイトでは、すでに売却済みと表示されているので、お値段がいくらしたかは不明ですが、どうもこの古書店は、1万ポンド以上のものを主力商品とする隔絶した店らしいので、この星図帳も相当したのでしょう。

仮にまだ売却前だとしても、とても手が出ないことは明らかですが、今の印刷技術なら地紙の色も、インクの色も自在でしょうし、現に下のポスター屋さんのサイトでは、紙でも布でも金属でもお好みのマテリアルに、この星図をきれいにプリントした商品を、リーズナブルな価格で販売しています。


これはぜひ、装幀や紙質にも十分凝った、一冊まるごとの復刻版を作ってほしいです。例のアルビレオ出版(http://mononoke.asablo.jp/blog/2014/11/05/)あたりが頑張ってくれんでしょうか。

(今日は存分に他人のふんどしを借りました。)

コメント

_ S.U ― 2016年02月22日 21時40分38秒

ロシアにおいてこれだけの立派な星図が出せるのはどういうことか、ひょっとしてロマノフ王朝御用達か、とコルネリウス・レイシックの背景事情について調べようとしましたが、この人はまったく有名人ではないようで、この星図以外はほとんどネットで引っかかりませんでした。どうやら特にロマノフ王朝とも関係ないようです。

 ようやっとロシア語で詳しいページを見つけました。
http://www.astromyth.ru/History/Reissig.htm
読めませんが、グーグル翻訳先生によると、レイシックはもとはドイツ人で、やはりドイツ出身のロシア貴族のイゴール・カンクリン伯爵(Yegor Kanklin) という人がパトロンになって招待されてロシアに入ったそうです。カンクリン伯爵のほうが有名人のようです。ということでドイツ系統の星図ということで(ヨハン・ボーデのような)理解できますでしょうか。

_ S.U ― 2016年02月22日 21時44分52秒

すみません。名前にスペルミスがありました。
Kanklin → Kankrin あるいは Cancrinです。

_ 玉青 ― 2016年02月22日 22時25分32秒

詳細なお調べありがとうございます。

レイシック(本来はライジッヒでしょうか)は、専門の天文学者というよりは科学啓蒙家として、いろいろな分野の本を書いていたようですが、そういう人がこれだけ豪華な出版に関わったのは、やはりパトロンの存在が大きかったのでしょう。

彼の星図自体は、先行作品のパクリっぽいですが(改めてレファレンスブックに当ると、そこにはフラムスティードとボーデの影響が見て取れるそうです)、当時はそれが通例でしたから、この点は特に異とするに足らないかもしれません。

_ S.U ― 2016年02月23日 13時05分04秒

レイシックは、啓蒙家だったのですね。この星図はそういう意味では衆目を集めたことでしょう。意外にもロシアでこれが生み出された理由が納得できたように思います。例のロシア語ページでは(グーグル翻訳先生によると)パトロンに工房を与えられたとか、下の方をみるとボーデの星図を参考にしたようなことが書いてあるようなので、この人はデザインを製品化する技に優れていたのかもしれません。

 ドイツ人の名前としては、Reißigと綴られたのがしばしば見当たるので、発音は「ライシッヒ」だと思いますが、地方によってはライシックさんもいらっしゃるかもしれません。

_ 玉青 ― 2016年02月23日 21時07分42秒

レイシックは、どうやらこの1冊の星図帳だけで星図史に名を残しているようです。
いろいろな幸運が重なって生み出された奇跡の一冊…
お話を伺うと、改めてそんな気がしてきます。

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