ポラリスへの旅2023年12月03日 13時07分55秒

荒唐無稽であることは変わりませんが、昨日の本よりも高めの年齢層を意識し、そこに科学的フレバーをまぶすと、こんな本になります。


■Charls S. Muir (著)
 A Trip to Polaris or 264 Trillion Miles in an Aeroplane.
 The Polaris Co. (Washington, D.C.), 1923


この本は口絵以外に挿絵はないので、「絵本」ではまったくありません。でも、「天文学の本は面白く書けば、もっと面白くなるはずだ」という信念のもと、天文学に関しては素人のお父さんが、10歳の息子さんのために書き下ろした天文入門書…というのが素敵だと思いました。

(序文)

版元の「ポラリス社」は、どうやらこの本1冊しか出してないようで、要は著者ミューア氏の私家版でしょう(その割に今も古書市場にたくさん出ているのは、相当な部数を印刷したのでしょう)。

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それにしても、『ポラリスへの旅―飛行機に乗って264兆マイル』というタイトルはすごいですね。これは比喩的な意味ではなく、文字通り特別製の飛行機に乗って、北極星まで行こうというお話しです。

 「ポラリスに向け、総員搭乗!我々の飛行機はまもなく出発します!現在、最後の酸素タンクを積み込み中です。これは264兆マイルもの北極星までの長旅には、最も必要なものです。さて、お友達にさよならと手をふる前に、この素敵な旅について一言述べておきましょう。」

 「我々の旅はすべての惑星をめぐり、その後、最も近い恒星を目指して、より遠くの宇宙を進みます。最も近いといっても、そこは惑星系よりも遥かに遠い場所です。さらに星座の間を縫うように飛び、ポラリスを目指します。その過程で、私たちは星たちの「内部」情報を手に入れることになるでしょう。」

 「さあ、酸素タンクの積み込みが終わりました。パイロットもお待ちかねです。皆さん、席に着いてください。機体は上昇を始め、地球がほんの小さな点になるまでぐんぐん上昇を続けます。まずは我々になじみ深い太陽へと向かいます。我々の旅はそこからスタートする必要があるからです。太陽までは9300万マイルもありますが、我々の飛行機は光の速さで飛ぶため、8分20秒以内に到着します。」

こんな具合に宇宙の旅は始まり、飛行機は天界の名所を次々と訪れ、天体について学びながら、何年も飛び続けます(この旅では相対性理論による時間短縮効果は考慮されていません)。

(中身はこんな感じ。子供向けにはもっと挿絵がほしいところ)

そしてついに目的の星、ポラリスへ。
我々は264兆マイルの距離を飛び続け、言い換えれば264兆マイルの落下を続けて、ついにポラリスへドーン!「…と、ベッドから床に落ちた拍子に頭をぶつけ、眼の前には、これまで訪れた星々がいっせいにチカチカしています。すべては夢だったのです。でも、きっと多くのことを学べたことでしょう。」

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こちらも最後は夢オチです。

安易な気もしますが、夢オチ以外、話の決着を付けられないというのは、人間の想像力の一種の限界を物語るもので、地上の日常世界と天上の非日常世界の境界を越えるには、「夢」というツールが欠かせなかった…ということかなと思います。

「お伽の国」ほどではないにしろ、今でも宇宙は「なんでもありの世界」として描かれがちです。古代ギリシャの哲人も、月を境として、卑俗な4元素から成る下界と、透明なエーテルで満たされた天上界とを厳然と分けて考えましたが、こういう思考はなかなか根が深いです。

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最後にひとつ気になったのが、ポラリスまでの距離。
264兆マイルというのは45光年に相当し、最新の値は448光年なので、ひょっとして著者は一桁勘違いしている?とも思いましたが、調べてみると、これはこれで正しいようです。

本書が出たのと同じ1923年、京大の山崎正光氏が、雑誌「天界」に「天体距離の測定法(三)」という文章を書いていて【LINK】、それを見ると北極星までは44光年となっています。

当時は、恒星までの距離を求める方法として、年周視差の測定以外に、新たに分光視差法(スペクトル型からその星の絶対等級を推定し、見かけの等級と比較することで距離を求める方法)が導入された時期であり、方法論的進展が見られた時期です。

とはいえ、近傍の恒星までの距離を知るには、年周視差の測定がもっとも正確な方法であることは昔も今も変わらず、45光年から448光年に数字が置き換わったのは、もっぱらこの間の観測精度の向上によるものです(現在は観測衛星のデータを利用しています)。

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それにしても、光速でも450年近くかかると知ったら、さすがのミューア氏も本書を書くのをためらったか、少なくとも目的地の変更は避けられなかったでしょうね。