関根寿雄作 『星宿海』2013年06月10日 19時39分10秒


(『星宿海』奥付。作者分も含めて全部で45部刷られたようです。)
(…と書きましたが、これは多分作者分を含めて35部の意味ですね【6月25日付記】)

関根寿雄氏の『星宿海』の中身を見に行きます。
題名は中国の地名に由来するとはいえ、内容は中国とは関係なくて、ふつうの西洋星座を木版で表現したものです。

(爽やかな色使いの扉絵)


全体は折本仕立てなので、蛇腹状に畳まれたページをずらずら広げることができます。扉絵の後に続くのは、四季をイメージした絵、天の北極・南極を中心にした星座絵。


さらにその後には個別の星座が並び、これまたどんどん広がります。
登場するのは、おおぐま座、しし座、いて座、ヘルクレス座、ペガスス座、ペルセウス座、オリオン座、ふたご座の8つ。並び順は春夏秋冬をなぞっていますが、夏の星座の大物、さそり座が入っていなかったりするのは、作者の趣味でしょうか。

   ★

さて、これだけだと、星座絵を単に木版で起こしただけのことで、雅味はあっても、天文趣味的にどうということはないと思われるかもしれません。
しかし、私がこの作品で感心したのは、各星座絵の対向ページが、リアルな星図になっていることです。

(おおぐま座)

(しし座)

(ペガスス座)

星の配置や等級に合わせて、几帳面に孔をうがち、実際に星見の友に使えるぐらいの出来栄えです。8星座に限らず、全星座をこの調子で版画化したら、世界にも類のない豪華アトラスができるのになあ…と、これはちょっと残念な点。(でも、価格の方は何十万円にもなってしまうでしょう。)

   ★

以下余談。
関根氏の版画を見て、なぜ自分はこういう線に、憧憬やノスタルジーを感じるのか、その根っこにあるものは何なのか、一寸気になりました。


(オリオンとペルセウスの部分拡大)

そのカギを握っているのは、おそらく川上澄生(かわかみすみお、1895-1972)です。
澄生の場合は、大正期に流行した南蛮趣味と、幕末の横浜絵や、明治の開化絵への関心が結合して、ああいう表現を生み出したのでしょうが、彼によって代表される「郷愁のエキゾチシズム」の系譜は、かなり太い幹と根を持ったもので、関根氏も必ずやその影響下にあるはずです。

(鹿沼市立川上澄生美術館、「川上澄生 文明開化へのあこがれ」展パンフより)

…というようなことは、実は4年前にも書いています。

天文古玩とハイカラ趣味
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2009/02/21/4134411

個人的なことを付け加えると、私の場合、幼い頃に明治百年(明治維新100周年)に伴う明治ブームの洗礼を受け、そこで川上澄生的な「理想化された明治」、あるいは「明治村的な明治」を刷り込まれたのも大きかったでしょう。
(もちろん子供ですから、明治ブームを自覚していたわけではありませんが、時代の空気とは恐ろしいもので、その影響は子供でも逃れられないものです。)