天体議会の世界…鉱石倶楽部幻想(1)2013年08月13日 20時35分36秒

最近、毎日のように夜中に目が覚めます。

今朝がたも3時頃にパチッと目が開きました。ご承知の通り、今日はペルセウス座流星群の極大日でしたから、ブラインドを上げ、そのまま床に横になって、窓の外をじっと眺めていました。空は美しく澄み、ほどなく明るい流れ星が1つ、スーッと空を横切りました。しばらくすると、こんどは小さな流れ星がスッと飛びました。でも、それっきり空は沈黙してしまい、私もまたいつの間にか眠りに落ちていました。

ビギナーズラックというのか、どうも最初は調子よく事が運ぶのに、後が続かないことってありますよね。今回もそれに近かったですが、でも、そのせいで、いっそう最初の流星の美しさが印象に残ったともいえます。

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さて、「天体議会」のつづきです。

「八時前か。ひとまず朝食をとるっていうのが理想だな。どうせきみは抜いてきたろう。」
「いつもどおりさ。」
「ぢゃあ、きまりだ。」
水蓮は、銅貨の肩に軽く腕をまわして歩きだした。(p.20)

こうして二人は、ある場所へと向かいます。

彼らの行くところといえば、ただひとつ〔原文3字傍点〕にきまっていた。放課後、必ずといってよいほど足を向ける鉱石倶楽部のことだ。(pp.20-21)

(理科教具の老舗、前川合名会社()の昭和13(1938)のカタログより)

鉱石倶楽部―。
この第1章の章題にもなっている場所こそ、この小説において、理科趣味濃度が最も高い場所です。そこがどんな所かは、これまで何度も引用した記憶がありますが、これは何度繰り返しても良いので、また掲げます。


 名前のとおり、鉱石や岩石の標本、結晶、化石、貝類や昆虫の標本、貝殻、理化硝子などを売る店で品揃えは驚くほど雑多で豊富だった。この倶楽部で一日じゅう暇をつぶす蒐集家のため、麺麭〔パン〕や飲みものを注文できる店台〔カウンター〕もあった。

 鉱石は少年たちの小遣いで買える程度のものもあれば、羨望のまなざしを注ぐだけの高価なものまである。彼らは主に、比較的手に入れやすい鉱物の結晶を集めていた。方解石、クジャク石、ホタル石などの結晶は掌にのせて眺めるのも、光を透して屈折させてみるのも面白く、銅貨も水蓮も毎月、小遣いのほとんどをこの倶楽部で費やしている。(p.21)


弱冠13歳にして「行きつけの店」があるというのは、生意気ですが、羨ましい。
まあ、それはともかくとして、鉱石倶楽部は鉱物をはじめとする理科アイテムを揃えたショップなのですが、そこは決して明るく整然とした店ではありません。むしろ暗くて雑然としています。ただ、そのたたずまいには、作者・長野氏の美意識が凝縮されていると感じられるので、以下も何度目かの引用になりますが、店内の様子を見てみます。


 天井は伽藍のように高く、よく磨かれた太い柱で支えられている。柱は濃い朱色をしており、見たところでは石材か木製か判別しにくいが、手を触れてみれば芯まで冷たく、石でできていることがわかる。

 回廊をめぐらした二階があり、欄干は浮彫りの唐花〔とうか〕模様を施した重々しい構造で、花崗岩〔みかげ〕の床や天窓のある建物に、妙に合っていた。中央に、これも欄干に合わせて木製の階段が迫りあがるように急な勾配で二階までのび、昇りきったところに、幾何学模様の重厚な布が吊るしてある。或る種、博物館のような黴〔かび〕くさい雰囲気と、ガラン、とした広さが同時にあった。硝子戸棚や陳列台は互いに重なり合うように並んでいる。

 標本やレプリカ、さまざまな模型やホルマリン漬けの甲殻類などが、硝子戸棚に詰めこまれている。扉を開けた途端、荷崩れしそうな具合で、机の脚の下や階段の下には未整理のまま、荷箱に入れてあるだけの鉱石や貝殻が、数えきれないほど放置してあった。(p.24)


この古びた重厚なムード。現実世界でいうと、たぶん戦前の博物商や理科器具商が最もイメージ的に近い存在でしょう。あるいは昔の学校の博物標本室とか。


(同じく前川のカタログ口絵より。店舗全景と陳列場の一部)

ここで、話をそちらに持って行ってもいいのですが、先週の出張の合間に、鉱石倶楽部の姿を追って、あるお店と博物館を訪ねたので、そのことを書きます。

(この項つづく)


【※自分自身のための瑣末な注
 伝統ある同社は、その後「前川科学」へ、さらに「マリス」へと社名変更した後、ひっそりと店を閉じた…と思っていたのですが、下のページによれば、現在の「(株)リテン」と、どうやら系譜的につながっているようです。

午後の理科室:理科「教材・教具」関連会社
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