オルジェレ天文台…晩夏のヴァカンスへ2006年08月16日 06時51分49秒


ご無沙汰しております。
昨日、今年初めてツクツクボウシの声を聞きました。
盛夏から晩夏へ、季節は確実に移りつつあるようです。

さて、翻訳仕事の方はどうにか区切りがつきました。
この2週間余りの出来事は、おそらく長く記憶に残るでしょう。
眼と脳にだいぶ負担をかけてしまったので、少しリハビリが必要です。

  ☆   ☆   ☆   ☆  

このブログも、軽いアイテムからぼちぼち再開しようと思います。

掲出したのは、(たぶん)フランスのオルジェレ天文台。
絵葉書アルバムを見ていたら、何となく静養にふさわしいイメージとして、目にとまりました。
小さな門と生垣に守られた可愛い建物。
周囲の草や木も、高原を渡る風にやさしくなびいています。

素敵な小天文台ですが、残念ながら詳細不明。
オルジェレという村は、スイスとの国境近く、ヌシャテル湖の西に1箇所見つけましたが、そこなのかどうかもはっきりしません。

文字情報は、

(表面下) 436 ORGERE (E.-et-L.) --- L'Observatoire
(表面欄外) Cliche du Dr J.C"

のみ。裏面にはオルレアンの Marcel Marron というメーカー名が入っています。

裏面区画のない1900年代初頭の絵葉書です。

再び部屋の風景…蟲の標本2006年08月17日 23時01分08秒


また漫然と部屋の風景を写してみました。
夏休みなので、ちょっと蟲系の映像です。

壁に掛かるテナガカミキリ、クワガタ、サソリ、タランチュラ。
採集データもありませんし、昆虫針ではなく、接着剤で台紙にくっつけた、完全なお土産用標本。
いちおう学名も表記されているのでまだ良心的ですが、学術的にはほとんど価値のないものです。

とはいえ、インテリアとしてはかなりのインパクト。
気軽に掛けて楽しめる、気の置けない理科室趣味の仲間たちです。

(蟲からすれば大いに気が置けるでしょうが…)

古絵葉書「天空旅行」より…水星2006年08月19日 15時17分54秒

「リハビリ」が続いているので、気の抜けた企画で恐縮ですが、シリーズものの絵葉書を小出しに紹介していきます。

以下にお見せするのは、三越呉服店で行なわれた「天空旅行」と称するイベントの絵葉書です。絵葉書としては、かなり珍品の部類。

「三越呉服店」が「三越」に屋号を替えたのは昭和3年のことなので、大正~昭和初年ぐらいの催事と思われます。

橋詰紳也『化物屋敷』(中公新書)によれば、当時、都市娯楽の近代化に伴い、さまざまアトラクションが百貨店、遊園地、地方博覧会で盛行し、またそうしたディスプレイの企画展示を専業にする「ランカイ屋」と呼ばれる業者が活躍していたとのこと。

これもそうした文脈で行なわれた一種の「色物企画」と想像されますが、当時の人々の「空想科学」的なノリの宇宙イメージが露骨に出ているのが面白い。

実際どんな順序で展示されていたかは不明ですが、とりあえず太陽に近い方から見ていきましょう。

まずは水星より見た太陽の眺め。ごつごつした岩肌をギラギラと太陽があぶっています。純粋な「絵」のように見えますが、正確には「絵を写真に撮ったもの」です。下に写っているのは手すりで、その手前から奥の書き割りの景色を眺めるようになっていたようです。

たなびく霞のような、伝統的な和風の意匠で上部を覆っているので妙な感じがします。

古絵葉書「天空旅行」より…オーロラ2006年08月20日 07時15分36秒

水星に続き、今日は地球です。
(金星の展示もあったと思いますが、絵葉書には入ってませんでした。)

「アラスカの極光」と題されたシーン。
手前に氷雪の大地のジオラマが作ってあって(フクロウや熊の親子がウロウロしています)、その奥に書き割りの海とオーロラがぶら下がっています。

ランカイ屋(ディスプレイ業者)の想像力が生み出したイメージ。海面にオーロラが反射しているのはとても詩的な感じです。ヒグマではなく白熊だともっとムードが出たかもしれませんね。

当時はアラスカのオーロラも、月や惑星なみに遠い憧れを感じさせる対象だったことが伺えます。

古絵葉書「天空旅行」より…月2006年08月21日 08時47分48秒

今日は月世界への旅です。

「月より見たる日蝕」と題された光景。

「月から見た地球」というのは、好画題として19世紀のポピュラー・アストロノミーの本にはよく描かれていますが、月から見た日食というのは奇抜です。

これも手前の岩山はジオラマ、奥は書き割りになっているようです。

さて、この光景。「ん?」と思われないでしょうか。
皆既日食なのに、辺りが妙に明るいのも変ですが、月面の日食は本当にこんな情景なんでしょうか?

月面で太陽を隠すものといえば地球であり、月の日食は、地球が月に影を落とした状態。つまり、地球で月食のとき、月で日食が起きているわけです。ただ月面から見た視直径を考えれば、地球は太陽より4倍も大きいので、太陽の光球部のみをぴたっと覆い隠すことはできません。果たして、この絵のようにきれいにコロナが見えるのか?

どうもいい加減な考証で作っとりゃせんか?という疑念を抱くわけですが、でも本当にこんな風に見えたらごめんなさい。

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月から見えるであろう不思議な光景については、こちらに美しく書かれています。

●月食は日食で、日食は地球食 http://www.geocities.com/minatsukojima4/tane/20010109.html

古絵葉書「天空旅行」より…火星2006年08月23日 06時11分40秒

天空旅行もいよいよ外惑星に向けて出発です。

今日訪問するのは、人類の想像力を最も刺激した星、火星です。

とはいえ、これはかなり脱力感のある展示。
「タコ型宇宙人 プラス 運河」によって記号的に火星を表現し、以て事足れりとする安易な姿勢が見え見えです。それに背後のモヤモヤは何でしょうか?炎?砂塵?どうも意味不明です。

もっとも、この絵葉書が出たのは1920年前後と思いますが、時代を考えれば、ただの「阿呆らしい展示」ともいえません。当時、まだ火星の運河説は(強力な反論に遭って旗色が悪かったとはいえ)完全に葬られたわけではなく、火星人の存在を声高に主張する識者も健在だったのです。その意味では、これも立派な「科学的」展示。

ちなみにタコ型宇宙人は、H・G・ウェルズの『宇宙戦争』(1898)によって決定的となったイメージ。これを原作とした、有名なラジオドラマ事件(火星人来襲のナレーションによって全米がパニックとなった事件)が起きたのは1938年なので、この絵葉書よりもっと後のことになります。

古絵葉書「天空旅行」より…木星2006年08月24日 00時00分25秒

舞台の主役よろしく、霞模様の下に木星が浮かんでいます。

製作資料が乏しかったのか、この木星は表情がちょっと地味ですね。
当時、すでに木星の偉観は、写真にも捉えられていたのですが。
http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/06/29/425580

単に「木星」と題されていますが、より正確には「木星の衛星から見た光景」でしょう。
さすがに木星そのものの光景は、ビジュアライズするのが難しかったようです。

ごつごつした岩山で「宇宙っぽさ」を演出し、その向こうに木星を見せただけ、という安易さがここではむしろ見所でしょうか。

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さて、明日はいよいよ最後の目的地、土星です。

古絵葉書「天空旅行」より…土星2006年08月25日 07時18分31秒

天空旅行の最後は土星です。

基本的な構図は、昨日の木星とまったく同じで、作り手の想像力もちょっと枯渇気味のようです。

土星の環と本体の比率はかなりリアル。A~C環も正しく描かれているので、この辺は正確に資料に当ったのでしょう。ただし色合いは、かなりキッチュ。ピンクの環が派手に自己主張しています。(もっとも、これがオリジナルの色なのか、絵葉書を作る段階で塗られた色なのかは分かりませんが。)

手前の手すりや、左下の説明板が一緒に写りこんでいるので、実際の展示風景がよく分かります。

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以上、80年あまり前、東京の百貨店というシチュエーションで、宇宙がどう人々に提示されたかを見てきました。

「天空旅行」の名前の通り、単純な「名所百景」的な展示・鑑賞がなされていたことが絵葉書から見てとれます。「知」よりは「視」を重視する姿勢。

デパートの催事とはいえ、スペースサイエンスそのものの現状と課題を伝えようという、教育的努力が少ない点も、現代とはちょっと感覚が異なるようです。