理科室アンソロジー(補遺)…放課後の理科室2007年04月29日 06時35分23秒


●谷内六郎作 「新潮」 1977年10月13日号 表紙絵
 (『谷内六郎コレクション120』、横須賀美術館、2007より)

私の大好きな画家、谷内六郎さん(1921-1981)が理科室を描いているのを見つけました。
以下は、作者自身のノート。

  ■    □    ■

 放課後、一度家に帰った坊やは学校にノートを忘れて来たので、
ねずみ色の夕方校舎にノートを取りにもどりました。その時理科室
のそばを通るとハクセイのカビくさい動物たちや骨やコウモリが生
きかえってヒソヒソささやき合っているようでした、「ヤツの血を吸え」
血吸いコウモリのハクセイがフクロウの命令でとびかかって来るよ
うな夕方の風が吹きぬけて行きました。

 私は子供の頃にあの人体図専門に描く画家の家にあそびに行った
ことがあり、沢山お菓子を出されましたが、どうにも壁に沢山張って
ある血管や腸の図解がコワクてよういにお菓子に手が出ませんで
した、バイキンを専門に描く画家、又人体専門画家、いずれも大変
重要な仕事の分野ですが、こうした本当に役に立つ立派な画家が
文化勲章をもらう時代にならないと本当の文化とは言えないようです。

  ■    □    ■

谷内さんは「郷愁の画家」と呼ばれます。
それが間違いというのではありませんが、ただ、谷内さんの絵には、甘いノスタルジーばかりではなく、ちょっと怖いところがあります。子供の心は明るく楽しいばかりでなく、さまざまな不安にも満ちているので、子供の姿を描ききれば、必然的に怖い部分が出てくるのだと思います。その作品を見ていると、子供の頃たしかに感じた異界の気配、それに漠とした「実存的不安」といったものが漂ってきます。

同じ画家である横尾忠則さんが谷内さんに心酔しているというのも、その辺が理由なのでしょう。

コメント

_ shigeyuki ― 2007年04月29日 23時39分37秒

谷内さんの絵は、素敵ですね。
観音崎の美術館、近いうちに行くつもりです。

理科室は、僕は中学校の時に理科部にいたこともあって、郷愁を感じます。
ところで、理科室というと思い出すことの一つは、僕は小学校の三年生の時に転校したのですが、その転校前の学校の理科準備室の床には、井戸(だと思いました)がありました。もちろんコンクリートで厳重に蓋はされていましたが、人体模型などのある部屋の中に、埋められた井戸は、低学年には想像力の暴走を引き起こすのに十分でした。
たとえば、あんな感じが、谷内さんの絵にはありますね。

_ 玉青 ― 2007年05月01日 20時16分42秒

理科準備室の井戸…うーむ…怪しいですねぇ。
何か曰く言いがたい気配が濃厚にします。
古めかしい謎めいた理科室の空気には、今でも昔と同じようにゾクゾクします。

理科室風書斎のその後なども含めて、近いうちに理科室プロパーな話題でワッと書きたいと思っています。

_ icco ― 2007年05月01日 23時04分16秒

確かに子どもの心にも、不安など怖い部分がありますよね。ただ、何か子どものそういった部分を扱うことはタブー視されているような、そんな気もします。
子どもは明るく無邪気で、大人を癒してくれる存在であってほしいという願望なのでしょうか。
子どもにもそういった感情のあることを認め、扱うことができるというのは中々大変な作業だろうなぁと、子どもと接することの多い仕事をしている身としては感じました。

_ 玉青 ― 2007年05月02日 21時33分28秒

iccoさま

こどもは小さな大人ではない、と言われますね。
同様に乳児は小さな子供ではない、とも言うそうです。
で、青年は若い中年ではなく、中年も達者な老人ではないのでしょう。

要するに、人間は生れてから死ぬまで常にユニークな存在でありつづけるわけで、なかなか退屈する暇もなさそうです。

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