天体議会とは何か ― 2013年08月27日 21時15分28秒
ここで話の順序として、本作品のタイトルであり、第2章の章題にもなっている「天体議会」とは何であるのかを、説明しておかなければなりません。
議会とは天体観測を趣味にしている生徒たちの集りで、大半は理科部に所属していた。銅貨や水蓮もその例に漏れない。水蓮が議長の名のもと、連絡や調整を一手にひきうけていたが、集合場所や日時については原則として外部には秘密で、連絡方法は先のように抽斗やロッカーに文書をひそませることになった。うっかり口外したり、招集時刻に遅れた者には、ちょっとした罰が科せられる。もっともこの事項はたいして守られておらず、水蓮でさえ罰を受けることが度々あった。
とりわけ、ふだん天体に興味のない生徒まで知っている有名な彗星の接近や、月食の起こる日などは盛況で、秘密などないも同然になる。きょうの星食も人工天体の打ち上げと重なっていることがあって、部外者は多くなりそうだった。(p.42)
…というわけで、いわば有志による私的観測クラブであり、結社なのですが、グループの一体感を高めるために、一寸秘密めいた要素を取り入れているのは、いかにも少年らしい点です。もっとも、二人が在籍する学校には立派な天体観測施設があり、素直にそちらで観測に励む生徒も多いのですが、あえて自主独立の気ままな活動にこだわる点に、彼らなりの気概や信条があるのでしょう。
今夕、天体議会を開くのは、波止場にある海洋気象台の屋上だった。飾り気のない直線主義の四角い建物である。港に面していて視界は悪くないが、本来、天体観測をするなら学校の天文台のほうが適している。港を見おろす高台に建っているし、私設とはいえかなりの設備を揃えていた。しかしそこでは、筆記帳〔ノート〕をとったり、顧問教師の退屈な話を聞かなければならず、好き勝手にしていたい生徒にとっては窮屈で居心地が悪い。そうした堪〔こら〕え性のない生徒の集りが天体議会であり、その典型が水蓮だった。理科部の大半や部長の旗職〔きし〕などはもちろん、私設天文台組である。(p.50)
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これを読んでうらやましいと思われる方も多いでしょう。
何といっても、「天体議会」というネーミングがカッコいいし、議長が議員に秘密の招集をかけるというのも素敵です。しかし、少年を主体とした、こういう天体観測のつどい自体は、かつて天文少年が今よりもずっと多かった時代には、それこそ町々辻々で行われていた…という証言もあります。
たとえば、以前ご紹介した、美術家・小林健二さんの思い出。
煩を厭わず再掲すると、
「そういえば、小学校の頃、ぼくは二級下のとても親しい友人といつもいっしょに遊んでいました。〔…〕夏や冬の休みになると、各小中学校の天文部あるいは天体クラブがそれぞれの学校の屋上や校庭でなにがしかの天体観測をしたりしていて、とりわけ夏の方は、他校の生徒でもどうにか紛れこんだりできたものです。
そんな時代には〔…〕ぼくらの夜となると暗くなってしまう町にもいろいろな場所に簡易な観測所ができて、同世代の子供たちが夜中何人も起きていて、星座や流星群を観察し、思い思いにノートをとったり食事をしたり、寝袋から夜空を見上げたりしていたのです。ぼくらはそれぞれの学校を巡り、あこがれの16センチ屈折や30センチ反射望遠鏡などをのぞかせてもらい、夜がいつまでも明けない事を願ったりしたものです。
ぼくらの町のいたるところで、たくさんの仲間たちが同じような真摯な気持ちをいだいて、夜の中の宝物を発掘していたのです。」
…というような塩梅であったらしいです。
「鉱石倶楽部」と違って、「天体議会」の方は、みんながその気になりさえすれば、今すぐにでも現実化できるはずですが、今の少年たちにその元気があるかどうか。
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次回は、水蓮による議会招集シーンから、あるモノに注目してみます。
(この項つづく)
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