飛び出す解剖絵本2015年05月17日 12時02分55秒

さて、急ぎの仕事も一段落したので、落ち着かぬ気分の中でも、強いて呑気な記事を続けます。

   ★

前回登場した、クロムリンクの解剖図集の中身を一瞥します。


図版は砂目石版で、銅版の鮮明さはありません。判型もB5 判よりちょっと大きいぐらいの、図譜としては小ぶりなものです。解剖図としては廉価版に属するものでしょう。


解剖図集というぐらいですから、こういう当たり前の図も載っているのですが、この本の特徴は、いろいろギミックがあって、仕掛け絵本になっていることです。


たとえば、この頭蓋と脊椎の絵は、


めくり上げると中から脳脊髄が出てきて、


さらに脳髄を二つに断ち割ることができます。


眼球の仕組みも、平面的な図ばかりでなく、


こういうのが


こうなったりして、その構造の理解をたすけてくれます。

こういうポップアップ式の人体絵本は今もありますし、20世紀の初頭には教育目的でずいぶんたくさん作られましたが、1841年という比較的古い年代にも、そうした例があることを知って、軽い驚きがありました。

そもそも仕掛け絵本の歴史はずいぶんと古く、中世にも先例があるそうです。
ことに書籍が大衆化した19世紀には、児童書を中心に大いに流行し、そうした嗜好が解剖図集にも波及していたことを、この本は教えてくれます。



この本には、他にもたとえば腸を持ち上げて腸間膜を観察する頁があったり、


大口を開けた顔が上下するにつれて、食道が伸びたり縮んだりするという、何だかよく分からない仕掛けもあります。

   ★

解剖古書は熱心なコレクターも多く、私も比較解剖学の話題などは、大いに興味をそそられるのですが、個人的に人体解剖の話題はどうも苦手です。知らず知らずのうちに、対象に感情移入してしまうからでしょう。(そのわりに人体模型が好きなのは、彼らにはカラッと陽気な感じがあるからですが、この辺はちょっと説明が難しいです。)

コメント

_ S.U ― 2015年05月17日 15時45分29秒

>ポップアップ式~1841年
 古くからあるのですね。
 私がこれまで出会ったポップアップ式(あるいは多層シート式)の解説書と言えば、(娯楽本をべつにすれば)人体内臓の解剖学しか思い出せませんが、これは時代を問わず解剖学の専売特許なのでしょうか。

_ 玉青 ― 2015年05月19日 06時57分47秒

仕掛け絵本式の学術書といえば、天文学書にもその優品があります。
たとえば、下の国立天文台三鷹図書室の訪問記事に出てくる、アピアヌスの「天文学教科書」というのをご覧ください。
http://news.mynavi.jp/articles/2010/10/19/mitaka/
これはコペルニクス革命直前に皇帝に献じられた本ですが、まさに全編これ仕掛けだらけです。考えてみれば、各種天文現象はヴォルヴェル(回転盤)によって近似的にシミュレートするのに恰好の対象ですから、これは出るべくして出た本かもしれません(近世の和書にも類例はあったかと思います)。

_ S.U ― 2015年05月19日 19時28分44秒

仕掛けのある天文書を拝見しました。天文学と解剖学が双璧だとすると、まさにマクロコスモスとミクロコスモスですね。
 和書になっていたかは思い当たりませんが、マクロとミクロの両宇宙を麻田剛立と共同研究した中井履軒の太陽系模型の板というのがありましたね。

_ 玉青 ― 2015年05月20日 07時22分21秒

>まさにマクロコスモスとミクロコスモス

あ、本当ですね。これは偶然とは思えません。
人は両者に大小のコスモスを見ましたが、同時にその「仕組み」を目の当たりにしたいという強烈な願望があって、それに突き動かされて、こうした仕掛け絵本が生まれた…ということかもしれませんね。その3D版である、人体模型と宇宙模型(オーラリーなど)がルネサンス以降盛行したのと、軌を一にする現象でしょう。

>和書

手元には、天文書というか、暦書あるいは占い書ですが、西洋風のクルクル回るヴォルヴェルを備えたものがあって、あれは日本で独自に工夫したものと思いますが、人の考えることはどこも似たようなものだな…と思った記憶があります。

_ S.U ― 2015年05月20日 20時36分33秒

>占い書
 なるほど、ホロスコープ作製や八卦見の簡易計算機として密かに万年暦のようなものを工夫する占い師は東西にあったでしょうね。暦マニアが、そういうのを作りたくなる気持ちは実によくわかります。今日だったら、スマホアプリですね。
  占いは科学ではないですが、ミクロとマクロの両コスモスの対比という意味でさらに徹底していますね。

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