七夕の雅を求めて(4)…梶の葉の鏡2023年07月04日 19時22分33秒

昔から七夕には梶の葉が付き物で、「笹の葉に短冊」という子供向け(?)の行事に飽き足らない“本格派”は、今でも七夕になると、しきりに梶の葉を座敷に飾ったりします。ただし、梶の葉は単なる飾り物というよりは、本来そこに文字をしたためて星に捧げるための具であり、いわば短冊の古形です。先の冷泉家の場合もそうでした。

(画像再掲)

ただ、梶の葉と短冊とでちょっと違うのは、梶の葉の場合「水に浮かべる」行為と結びついていることです。


冷泉家の乞巧奠の場面だと、衣桁に掛けた五色の布にぶら下がった梶の葉にまず目がいきますが、よく見ると古風な角盥(つのだらい)にも梶の葉が浮かんでいます。


これは梶の葉に託した思いを天に届けるという意味らしく、そのことを説いた下のページには、旧加賀藩の七夕風俗の絵が参考として掲げられています。

■七夕のお願いは何に書くの?笹と梶の葉っぱのお話。

(巌如春(1868-1940)が、石川女子師範学校のために描いた歴史考証画。昭和8年(1933)制作。金沢大学所蔵。)

これは、七夕の晩には角盥に水を張って「水鏡」とし、そこに映った星を拝む習俗と対になったものでしょう。つまり水面に星を映し、梶の葉をそこに浮かべれば、星に直接願いが届くだろう…と、古人は考えたわけです。

(水鏡に映した七夕星。

   ★

そんなわけで、我が家の七夕にも梶の葉があってほしく、またそれを水鏡に浮かべたいと思いました。でも、本物の梶の葉を本物の角盥に浮かべるのは、スペース的に無理なので、ここは「見立て」を利かせることにします。


見つけたのは、背面に梶の葉を鋳込んだ柄鏡。
鏡面の直径8cmという、ごく小さなものですが、これで「水鏡に浮かぶ梶の葉」の代用たらしめようというわけです。(それと「織姫さまは女性だから鏡のひとつも欲しかろう」という、これはまあ古川柳にありそうな“うがち”ですね。)


梶の葉は家紋としてもポピュラーなので、これも本来は梶の葉紋にゆかりのある女性が使ったのでしょう。「天下一藤原作」の銘は、当時のお約束みたいなもので、大抵の鏡に似たような銘が入っています。


この鏡は当然江戸時代のものでしょうが、もとの鏡材が優秀なのか、近年研ぎに出したのか、今でも良好な反射能を保っています。これなら、明るい星なら本当に映りそうです。19世紀前半まで、反射望遠鏡はもっぱら金属鏡を使っていたことを思い出します。

(この項まだまだ続く)

コメント

_ S.U ― 2023年07月05日 06時41分20秒

梶の葉と水鏡の話は、これまで民俗学の範囲では聞いたことがなかったので、勉強になりました。いくつかの疑問を持ちましたので、なにかご存じでしたら、おしらせくださるようお願いします。

・梶の葉は、星型(五芒星)に似ているから星の象徴なんでしょうか?
 桂の葉は、満月形だから、月の象徴なんですよね? 五芒星といえば天体としては西洋だと思うので、ここが引っかかります。神道系では五芒星、六芒星の紋はありますが。

・水に載せるというのは、もっぱら実際に星を水鏡で観察するためのもので、よくあるお供えなどを「川に流す」という風習とはまったく独立のものなのでしょうか。

・そもそも、ヴェガとアルタイルは、水に映ったのが肉眼で見えるものでしょうか? (これは自分で実験すべきですね)。

おわかりの範囲で、よろしくお願いいたします。

_ 透子 ― 2023年07月05日 08時29分54秒

綺麗ですね❅

_ 透子 ― 2023年07月05日 16時40分41秒

小泉八雲の鏡の乙女という怪談があるそうですが、美女が出て来そうな鏡ですね。

_ 玉青 ― 2023年07月06日 06時01分32秒

○透子さま

ありがとうございます。七夕はそれ自体美しい行事ですが、それに関連する品々も美しく魅力的ですね。ただ、八雲の「鏡の乙女」もそうですが、鏡というのは持ち主の魂が容易に宿りそうな気配があって、あまり粗略にするとよろしくないのでしょうね。この鏡も、単なる「美」というよりは、「妖美」といった感じでしょうか。大事にお守りしたいと思います。


○S.Uさま

「おわかりの範囲で…」ということで言うと、正直「すべて分からない」ですね。(笑)
まあ、それではあまりに素っ気ないので、少し駄弁を弄します。

「梶はそもそも神聖な木で、諏訪神社の神紋にもなっており…」云々という説明をしばしば耳にします。でも、神聖な樹種は他にもいろいろあるので、「なぜ(他ならぬ)梶か?」という問いに対する答としては不十分ですし、特に七夕との結び付きについて、この説は何も答えていません。

下のページでは、平安以来、天の川を漕ぎ渡る船の「舵」と「梶」を掛詞にした、「天の川戸渡る梶の(葉)」(あるいは「天の戸渡る梶の(葉)」)という定型表現があり、梶の葉に託して星に願いを届けようとしたのではないか…という、一種の「言葉遊び説」を提示していますが、こちらの方が説得力があると思います。(そしてまた実際、梶の葉は墨の乗りが良く、文字を書くのに好適だそうです。)

■梶の葉と七夕の関係は?願い事のルーツ?
https://www.worldfolksong.com/calendar/tanabata/kajinoha-tanabata.html

梶の葉と「★」形の類似に由来するのでは?というのは、大変興味深い説ですが、管見の範囲では関連する伝承を知りません。

そういえば、日本人と星と「★」形の関係について、以前本欄でS.Uさんとお話しした記憶があるのですが、あのときはどんな結論だったか、記憶がいささか曖昧です。改めて考えると、古墳壁画から星曼荼羅に至るまで、星の図像表現として「★」形を採用した例は、本邦では皆無と思います(すべて小円や円ですね)。そのことからすると、昔の日本人にとって、「★」が星のイコンとなったことはついぞないはずで、梶の葉が「★」に類似しているから、そこから星を連想したというのは、可能性としてはごく低いように思います。

「五芒〈星〉」や「六芒〈星〉」というのも、ひょっとして近代になってからの称ではないでしょうか。この点はしっかり調べてないんですが、伝統文様の名としては、あくまでも「安倍晴明判」であり、「籠目」ですから、昔の人はあれを星と結びつけて考えていなかった気がします。

ちなみに「川に流す」のはもっぱら祓穢の習俗ですから、たらいに梶の葉を浮かべるのとは、大分意義を異にするものでしょう。

ヴェガとアルタイルは…これこそ実験の出番ですね(笑)。
(でも、水が完全に静止した状態で、星の光の入射角が全反射相当だったら、理論的には必ず見えるはずですよね?)

_ S.U ― 2023年07月06日 07時06分03秒

ご教示ありがとうございます。

 梶と舵をかけた和歌の世界から来ているということですね。貴族のあいだでは和歌が力を持っているでしょうから、貴族のあいだで生まれた風習とすると、納得出来る説です。

>そういえば、日本人と星と「★」形の関係について、以前本欄でS.Uさんとお話し
 私も記憶から消えていますが、おそらくは、日本の天文界には、古来○形の星しかない、☆型は蘭学以降とかそういう話だったと思います。

 日本の六芒星が「カゴメ」であることは、おそらくそう呼ばれていたとは思いますが、五芒星は角度の関係で、平面を敷き詰めることができないので、五芒星のカゴメは存在せず、これは、安倍清明判その他を含めて、(「カゴメ」と呼んでいたとしても)やはり天文起源(インド~ヨーロッパ占星術の外来など)ではないかと、私は勝手に思っています。伝播元として、特にユダヤにこだわる必要はなく、インドでも中国でもシルクロードでもどこでもいいです。ただ、☆が天文起源であったとしても、日本人に星のシンボルとして認識されていたかと言われると、根拠も自信も今のところありません。ここは、日本の陰陽道や神道の分野を中心に探索する必要があると思います。

>水が完全に静止した状態で、星の光の入射角が全反射相当
 おぉっ、原理的にはそうですね!
と思いましたが、全反射は、光が水から空気に出る方向でしか起こらないので、残念ながら、光源が空にある場合は適用不可能です。

 でも、これを参考に考えると、問題は、ある程度高度の高い星(入射角がかなり小さい光源)に対して、反射率がどれほどあるかと見てみろということになりますね。東京での陽暦の七夕の日では、(一応、薄明終了から夜中の0時までに観察するとして)、ベガの高度は50°以上で天頂付近まで昇ります。アルタイルは、30°から60°くらいまで昇ります。(陰暦で1カ月程度遅れると、さらに高度は高くなります)。
 この対象星の高度が高いという条件は、不利に働き、水面での光の反射率は数%~10%くらいになるようです。3~4等暗くなる程度でしょうか。それでも、水が静止していて、視力が普通にあれば、4等星相当には何とか見えるはずですね。結局は、しのごの言わずに実験しろということになりそうです。

_ S.U ― 2023年07月06日 07時16分17秒

前述の件、発信してから気づいたのですが、この場合、星の光が梶の葉と相互作用してほしいわけですから、反射する光よりも、むしろ、吸収される光の成分が有効と考えるべきかもしれません。だとすると、目で反射がはっきり見える必要は必ずしもなく、水面に星の光が届いていると想念するだけでいいのかもしれません。物理的なのか感情的なのかわからん説明になりましたが、ご参考にお願いします。

_ 玉青 ― 2023年07月07日 07時08分19秒

>光が水から空気に出る方向で

やや、これは一知半解、面目ありません。
…とすると、息を潜めて水中から水面を見上げた時にこそ、真の水鏡を見られるわけですね。

>水面に星の光が届いていると想念するだけでいい

ええ、かすかな光を求めて、眉間にしわを寄せて暗い水面を凝視するよりは、これぐらいが結句いちばん雅なようです。

_ S.U ― 2023年07月07日 16時40分34秒

今夜は、七夕。星が水面に見えるほどの良い天気にはなりそうにありませんが、この機会に、日本での★型と天文との関係について、私が考えたことを書かせていただきたいと思います。

 陰陽道で、五芒星は魔除けとされたとあります。これは、五行相克図に第一の根拠があると想定するのが自然と思います。また、より広く考えますと、五行相克図は、広い意味でのホロスコープと似ています。ホロスコープも、洋の東西を問わず、5惑星を空間に配置したものと見ればだいたい似たようなものと思います。以上で、陰陽道、儒教、仏教の範囲で、五芒星は占いを通じて「天象」と関するものと認識されたと想像します。

 ところが、東洋には、★型を天に見える「天体としての星」のシンボルとした文化は見当たりません。ここは、七夕でもありますし、★が天体として輝く星であってほしいところですが、私の知る範囲では、★が星である古くからの顕著な例は、キリスト教のベツレヘムの星、古代エジプトのお墓の星図、メソポタミアの相当古い粘土板くらいです。イスラム文化で、★が星なのは見つけていません。(イスラム教の国々の国旗には、☆がデザインされていますが、後世のものと思います)。

 以上のどの天体としての★も、東洋に伝わった証拠jはありませんが、例えば、古代と中世の間に、ゾロアスター教と景教が西から東に伝播し、仏教にも影響を与えたと考えられるので、そのへんで、★が星である知見も伝わっていたなら面白いと思います。でも、そんな文献があるのか、あるとしたらどんなものかはさっぱり見当がつきません。

以上、梶の葉の★型に関する夢想ということで大目にみてください。

_ 玉青 ― 2023年07月09日 08時06分35秒

ありがとうございます。この件、S.Uさんの論に乗っかって、私もひとつ駄弁を弄してみました。“安倍さんは星にはなれなかった”…というのが、とりあえずの結論です。
論ずるに当たって、光条表現に注目したのが私なりの工夫なんですが、まあ駄弁であることには変わりはなく、こちらもどうぞ大目に見てください。(笑)

_ S.U ― 2023年07月24日 20時27分59秒

今夜、20時頃、七夕の星が水に映るのが見えるかという実験をしました。
新暦の七夕には17日遅れ、旧暦の七夕には29日先んじていますが、これはよいとしてください。
 
 結論を言いますと、水に映る織女星は肉眼で確かに見えます。今夜、私は、近くの公園の池で確かめました。天頂に近い空のヴェガは、0等星ですが、水に映ったのも2等星くらいの感触で見えます(あくまでも見た目の印象です)。この時、池の水は真っ黒に見えます。頭を動かすと空の星同様の感じで水面上の位置が動くので星とわかります。ただし、目のピントを池表面ではなく∞距離に合わせる感覚が必要です。

 たらいや洗面器ではやっていません。これらの人工物では人の動きで容器が振動して水面が揺れるとすれば、かえって見にくいかもしれません。

 牽牛星は高度が低いため、木々で隠れて確認できませんでした。水に映す方法で、織女牽牛を同時に眺めるのは相当困難と思います。

 かつての日本で、角盥をそっとのぞき込んで「織女星が見えた」と喜ぶ子どもたちがいたとしたら、想像するだけでも楽しいです。

_ 玉青 ― 2023年07月25日 19時31分57秒

おお、映りましたか!
これは風流な実験をされましたね。旧の七夕も過ぎて、さらに9月下旬ぐらいになると、20時前後に二星が相次いで南中しますから、その頃合いを狙って、何とか水面での邂逅を遂げさせてあげたいですね。

_ S.U ― 2023年07月26日 05時50分49秒

風流は、このところ絶えて久しかったですが、機会があってよかったです。

 星の高度が高いと反射率が落ちて苦しいかと思いましたが、池で水面を見下ろす姿勢で見ると、水面がとても暗く見え、案外見やすいようです。
 池の場合は、周囲の地理的な状況に依存して、任意の方向の星を映し見ることが困難ですが、盥なら人間が盥の周りで動くことによって両星の「ほぼ同時」観測が可能かもしれません。また、夜半過ぎの観察を許してもらうなら、両星が西に傾きかけたころにほぼ同高度になるので、盥的には、そのころがチャンスかもです。

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