夜の帽子…日食によせて2009年07月21日 05時53分36秒

(↑Asa Smith, SMITH’S ILLUSTRATED ASTRONOMY, Cady & Burgess, New York, 1849 より)

チェット・レイモ(著)、『夜の魂-天文学逍遥』(工作舎、1988)。
この本から引用するのは何度目でしょうか。

「夜は形を持っており、それは円錐形である。」

この文を読んだときの、新鮮な驚きは今も忘れません。
ここでいう「夜」とは、地球が作るいわゆる「本影」のことですが、夜とは地球の影にほかならない―ということは、これを読むまで、まるで意識しませんでした。

「地球は夜を魔法使いの帽子のように被っている。〔…〕帽子の縁
は地球の眉の上にぴったりフィットしている。それは地球から86
万マイル先の向点まで延びている。影のつくる魔法使いの帽子は、
縁の直径より100倍もの高さを持っている。それは地球から月の
軌道までの3倍の距離にまで達する。」

高い高い、夜のピラミッド!

「こうした薄暗い帽子の下でオポッサムが、狐が、洗熊が、大きな
眼の物の怪が、地蛍(つちぼたる)が、鬼火や狐火が徘徊する。
薄暗い帽子の下で、亡霊や幽鬼が、夢魔(インクブス)や女夢魔
(スクブス)が、悪鬼や妖女(バンシー)、そして闇の魔王が跳梁
跋扈する。天文学者も背の高い椅子によじ登って、望遠鏡をその
長い帽子に向け、存在の連鎖を一段一段、一階一階、一列一列と、
幸運の島を越え、理想郷を過ぎて、シオンの向こう、星と銀河が
手招きし、クェーサーがセント・エルモの火のように脅かしている
あの岸辺なき海まで追い求めていくのだ。」


地球ばかりではありません。太陽系にある全ての物体は、太陽を中心に、大小様々な「夜」を背負って虚空に浮かんでいます。「太陽は、ちょうど海胆〔うに〕が黒いとげを突き立てているように、さまざまな夜を逆立てている」。

地球の「夜」にくらべて、ずっと小さな月の「夜」。
そのとんがり帽子は、ちょうど地球から月までの距離に等しい高さを持っています。
帽子の先っちょが地球を撫でるとき、その小さな接点に居合わせた人は、天上からさかしまに下りてくる月世界の夜を目にしているのです。

そして、明日、部分日食を目にする多くの人たちは、夜のとばりの周縁部、月の黄昏の中をゆっくりと移動していくわけです。

  ★

天体が太陽をすっぽりと覆い隠す皆既日食。
考えてみれば、我々は毎晩それを経験している?
真夜中に大地を蹴って跳び上がれば、確かに太陽、地球、自分はまっすぐ連なって宇宙空間に浮かんでいる…


(※引用はすべて上掲書第15章「夜の形」より)

コメント

_ mistletoe ― 2009年07月21日 16時05分39秒

あぁ…ワタシ憧れの”SMITH’S ILLUSTRATED ASTRONOMY”。
やはりお持ちでしたか。
なかなか手が出せなくて。
『夜の魂-天文学逍遥』はワタシも大好きな1冊でございます。

しかし…明日のお天気やいかに?

_ 玉青 ― 2009年07月21日 20時59分36秒

スミスのこの本は、わりと数が残っているようですが(きっと当時ものすごく売れたんでしょう)、教科書という性格上、美本は稀ですね。少年たちの手沢本というのも、それはそれで悪くないのですが、でも、もうちょっときれいな本が欲しい…と思わなくもありません。

明日はどうやら欠けた太陽は拝めそうにありませんが、「月の黄昏」は間違いなく上空にやってきますので、心眼でその妙を味わうことにしましょう。(mistletoeさんもレイモ・ファンだったのですね。我が同志!と呼ばせていただきます。)

_ S.U ― 2009年07月25日 08時48分12秒

かつて、多湖輝著『頭の体操』の問題に、「我々が日頃、目にするものの中で、最大の物の『影』は何か」 というのがあったのが、心に残っています。答えはもちろん「夜、--地球の影」でした。
 天体望遠鏡を使えば、ガリレオ衛星を見えなくする木星の影や、リングに落ちる土星の影も観察できます。

_ 玉青 ― 2009年07月25日 20時58分23秒

オルバースのパラドックスを考えると、夜空の暗さ自体が、何か宇宙全体を覆いつくす不思議な影…と考えられた時代もあったんでしょうね。
一応カタが付いた話ではありますが、これこそ人類がかつて夢想した最も巨大な影、というオチはどうでしょう。

_ S.U ― 2009年07月26日 08時16分10秒

宇宙全体より大きな影はない! 多湖先生は、いかがお考えになりますでしょうか。
 
 ところで、またも突然のお尋ねになりますが、茨城県つくば市の科学普及の先達、広瀬周伯の『三才窺管』(1799序、1808刊)に、下に掲げましたような図があります。

http://www.d1.dion.ne.jp/~ueharas/others/sansai_02.JPG

 もし、これの元になっていると思われる西洋書の図をご存じでしたらお知らせ下さい。太陽から放射状に光が伸びていて周りが新撰組模様のギザギザになっている、惑星軌道が描かれていない、というところが鍵だと存じます。この図は「夜の暗さ」の物理的な解説に関連して参照されています。郷土史関係のちょっとした調べものです。よろしくお願い致します。

_ 玉青 ― 2009年07月26日 22時43分16秒

変わった図ですね。軌道円が描かれていないのがいかにも不思議です。まったくの想像ですが、元絵にはきっと円があったんじゃないでしょうか。でないと、当時の図像表現として成り立たないような気がします。

残念ながら全く同じ図は思い付かないのですが、18世紀後半に出たポピュラーな本から、ちょっと似た感じの図をアップしてみました。

(1)George Adams の Astronomical & Geographical Essays より太陽系の図
http://www.ne.jp/asahi/mononoke/ttnd/temp_image/adams

直接の出典は、アダムズの没後に出たフィラデルフィア版第4版(1800)ですが、オリジナルのロンドン版にも同じ図があったと思います。太陽からの放射状の線と周囲のギザギザ模様は、きっとこうした表現を写そうとしたのだと思います。

(2)Benjamin Martin の The Young Gentleman and Lady’s Philosophy Vol.1 より
http://www.ne.jp/asahi/mononoke/ttnd/temp_image/martin

こちらは1772年のロンドン版第2版です。『三才窺管』の図は、惑星が7つ描かれていて、「むむ!天王星?」と一瞬思いましたが、でもマーチンのこの図を見ると、。『三才窺管』の方も「惑星6つ+彗星1つ」を描いたものかもしれませんね。

いずれにしても、似たような図は当時たくさん描かれたはずで、両者をミックスしたような図もきっとあったでしょう。それが元絵だろうと思うのですが…。以上、とりあえずの情報です。

_ S.U ― 2009年07月27日 00時30分45秒

玉青様、ありがとうございます!! ギザギザを見る限りアダムズに似ていますね。その辺から調べてみたいと思います。『三才窺管』は1799年頃に書かれたとすると、日本で地動説を一般向けに紹介したごく初期の書の一つということになるのですが、本木良永、司馬江漢の書とは多少趣が違うので、どこから学んだのか気になっています。
 実は『三才窺管』には別のページに彗星の軌道を含むマーチンの図に似た図も載っています。そのマーチンの図そのものは本木、司馬によって引用されています。

おぉ、惑星の数を数えられましたね。 私も7つを数えてどきっとしました。 彗星の「尾」は「影」ではないのでその向きやかたちの描かれ方が多少違うようです。今回の『三才窺管』の図は、いずれの天体も「影」を伴っているようなので、本当に天王星かもしれません。最外惑星?が太陽からの光芒の届いている範囲のすぐ外に描かれていることも意味深長なように思われます。アダムズの図のギザギザを貫く最外円は天王星の軌道なのでしょうか。 
おかげさまで、他方面にも発展しそうです。どうもありがとうございました。

_ 玉青 ― 2009年07月27日 23時11分45秒

やや!
アダムズのこの本の初版は1789年で、少なくとも私が見た1800年版の本文には、天王星(Georgium Sidus)の説明がかなり詳しく載っているので、この図の最外周は天王星の軌道で間違いありません。
これはひょっとして…?

_ S.U ― 2009年07月28日 07時38分56秒

ほぅ。こりゃ、日本ハーシェル協会向けのネタになりそうですね。「夜の円錐」から思わぬ方向に発展です。
ジョージ・アダムズの名は、蘭学ではいわゆる『ゴロンデン』(Gronden der sterrenkunde ...)という蘭書の元著者として知られているのですが、こちらはご紹介のジョージ・アダムズの父親であるようです。つまり、シニアとジュニアがいて、日本ではシニアのほうがよく知られているようです。

http://en.wikipedia.org/wiki/George_Adams_(optician)

父の本には天王星がなく、子の本には天王星がある、ということですね。

_ 玉青 ― 2009年07月29日 23時23分39秒

休む間もなくご精勤になってしまいますが、協会向けにどうぞよろしくお願いします(ペコリ)。

_ S.U ― 2009年07月30日 06時59分04秒

>協会向け
はいはい(←安請け合い)。でも、この件の手がかりは周伯の惑星7つの画だけですからなんとも心細く、ご協力をよろしくお願い致します。

もう一件(『窮理通』関連)のほうは、何とかカタをつけたいと思っています。

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