ジョバンニが見た世界「時計屋」編(1)2011年11月04日 21時19分27秒

さて、京都の話が一段落し、文学の話題が出ました。
また伝え聞くところ、ラガード研究所の淡嶋さんは、最近、晩秋の岩手に賢治探訪の旅に出かけられたそうです。

そこで「天文古玩」でも、久しぶりに賢治の話題を取り上げようと思います。
賢治については、構想ウン年に及ぶジョバンニが見た世界をいつ再開するか、ずっと気にかかっていたので、ちょうど良い機会です。

   ★

「ジョバンニが見た世界」とは何か?
それは、「銀河鉄道の夜」の作品世界の中で、ジョバンニが目にした天文アイテムの数々が、実際にはどんなモノであったのかを考証しようという企画です。

これまでは、作品の冒頭の「午後の授業」の章に登場する、天文掛図や銀河模型、あるいは銀河の写真が載っている雑誌・本などを取り上げました。
今回はそれに続けて、ジョバンニが銀河鉄道に乗り込む直前、町の時計屋の店先で見とれた光景を俎上に載せたいと思います。

まずは「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/456_15050.html)から関連部分を転載します(読み仮名は一部を除いて省略。また読みやすいように、何箇所かスペースを入れました)。


「四、ケンタウル祭の夜

〔中略〕ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまの灯(あかり)や木の枝で、すっかりきれいに飾られた街を通って行きました。時計屋の店には明るくネオン燈がついて、一秒ごとに石でこさえたふくろうの赤い眼が、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石が海のような色をした厚い硝子の盤に載って 星のようにゆっくり循(めぐ)ったり、また向う側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。そのまん中に円い黒い星座早見が 青いアスパラガスの葉で飾ってありました。

 ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。
 それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですが その日と時間に合せて盤をまわすと、そのとき出ているそらがそのまま楕円形のなかにめぐってあらわれるようになって居り やはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうとけむったような帯になって その下の方ではかすかに爆発して湯気でもあげているように見えるのでした。またそのうしろには 三本の脚のついた小さな望遠鏡が黄いろに光って立っていましたし いちばんうしろの壁には空じゅうの星座をふしぎな獣や蛇や魚や瓶の形に書いた大きな図がかかっていました。ほんとうにこんなような蝎だの勇士だのそらにぎっしり居るだろうか、ああぼくはその中をどこまでも歩いて見たいと思ってたりして しばらくぼんやり立って居ました。

 それから俄かにお母さんの牛乳のことを思いだして ジョバンニはその店をはなれました。そしてきゅうくつな上着の肩を気にしながら それでもわざと胸を張って大きく手を振って町を通って行きました。」


華やかな美しさに満ちた文章です。
と同時に、ストーリー展開上、この描写はきわめて重要だと私は思います。

「銀河鉄道の夜」は、ブルカニロ博士が消えた最終稿になると、いわゆる「夢オチ」と解釈できるストーリーになっています(素直に読めばそうとしか読めない)。そして、ジョバンニが汽車の中で見聞きしたもの(つまり夢で見たもの)には、ジョバンニの現実世界での経験、特にその直前に、時計屋の店先で見た星座世界の光景が強く印象されている―ある意味では、その再現だと、私には思えるのです。(たとえばカンパネルラが車中で手にした、「黒曜石でできた銀河の地図」は、現実世界で見た「黒い星座早見盤+宝石」のイメージが、心的変形したものではないか…など。)

(この項つづく)

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