天体議会の世界…製図ペン(2)2013年08月30日 17時42分21秒

管理人の予想をはるかに超えて、天体議会ネタが続いています。
この先いつまで続くのか予想もつきませんが、折々は別の話題をはさみながら、もうしばらく続けることにします。

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さて、水蓮が手にしていた極細の製図ペン。

普通に考えれば、今風のロットリングなのかもしれません(文中には「最新型の製図ペン」という記述もありました)。しかし、ここではロットリングは禁じ手にしましょう。
後ほど出てきますが、『天体議会』の世界は、図面の「青焼き」が普通に使われている世界ですから(さらに云えば、コークス・ストーブや、鉱石ラジオや、謄写版印刷も現役です)、たとえ未来の話ではあっても、戦前からあるような古風な道具のほうが似つかわしく思えるからです。

(ロットリングのラインナップ。最細の品なら、水蓮が自慢したように、理論的には1ミリ幅に10本の線が引けるはず。出典:http://limit.miniih.com/index.php/home/post/15

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また、コメント欄でご意見をいただきましたが、「硝子質のペン先」という記述から、ここで「ガラスペン」を連想された方も少なくないと思います。

ガラスペンとは、文字通りガラスのペン先を持つ筆記用具で、元は日本で発明されたそうですが、astrayさんが紹介された、ガラスペン技術の正統を受け継ぐ「佐瀬工業所」のWEBページをご覧いただければ、その工芸的な美しさに目を見張られることでしょう。

ガラスペンの佐瀬工業所 http://www7.ocn.ne.jp/~glasspen/index.html

ガラスペンはいかにも涼しげで、水蓮が手にしても確かに違和感がありません。
ただし、製図用具というのはやはり特殊なモノですから、通常の筆記用途のガラスペンを、製図用具に転用するのは、ちょっと難しい気がします。

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製図ペンと聞いて、(私も含む)一定以上の年齢の人が連想するのは、あるいは「烏口(からすぐち)」かもしれません。そのシャープな輝きとフォルムには、メカニカルな美しさがあり、柄の部分が象牙でできた高級品ともなると、そこに一種の風格すら漂います。

(烏口とコンパス。コンパスも描線部は烏口式になっています。)

とはいえ、烏口はもっぱら直線を引くための道具ですから、文字を書くにはまた別の道具が必要です。

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さて、長い前置きの後でいよいよ真打登場。


ニューヨークの Keuffel & Esser 社(1867年創業)が、1900年代初めに売り出したレタリング用の製図ペンです。柄は黒のエボナイトと木の組み合わせ。


型番の「6」というのは、特太の「000(スリーゼロ)」から始まって、9種類ある同社のレタリングペンの中で、最も細い字が書けるタイプです。


真鍮のにぶい輝きを放つペン先。中央部の穴からインキを入れて使用します。ペンの先端は細くとがり、鳥の嘴のように屈曲しています。

銅貨は水蓮が書いた天体議会の招集状を見て、「罫線もないのにまっすぐ揃っている、角の尖った形のよい文字」に感心しましたが、水蓮はいわゆる達筆というよりも、レタリング技術がうまかったのだと思います。製図ペンを使ったレタリングは、普通に字を書くのとは別の技能で、本来の字の巧拙とは直接関係がありません。

(昔の製図技法書より。レタリングペンの使い方を説明したページ)

(同上)

(ネジをゆるめることで、インクだまりを掃除することができるようになっています。)

   ★

残念ながら、ペン先こそガラス質ではありませんが、水蓮の胸ポケットからちらりと覗くのは、こんな硬質な表情のペンであってほしい気がします。

コメント

_ astray ― 2013年08月30日 19時13分49秒

> 製図用具というのはやはり特殊なモノですから、
> 通常の筆記用途のガラスペンを、
> 製図用具に転用するのは、ちょっと難しい気がします。

前回書きそびれたのですが、
私が餓鬼の頃、知り合いの工務店では
ガラスペンで図面を描いていたようです。

後に、使わなくなったペンを分けてもらいましたが、
あまりに古かったからか、すぐにペン先と軸の接着が
離れてしまったのを憶えています。
軸は中空の木製で、黒染めしてありました。

紙箱に 10 本くらい入っていたので、
当時は、ボールペンのような感覚の
規格品の文具だったのかもしれません。

図面の墨入れに使ってたのなら、
太さが何種類かあったはずですが、
今となってはわかりません。

以上、ガラスペンの、そういう兄弟分も存在した
という程度の情報でした。。。

_ ZAM20 ― 2013年08月31日 07時40分41秒

格好いいペンですね。おもわずeBayでKeuffel & Esser を探してしまいました。製図用具だけでなく、計算尺(映画の影響で最近ちょっと流行っている模様)や測量道具もつくっていた会社なのですね。
ところで、禁じ手のロットリングですが、同じ原理の泉筆(stylographic pen)は今日のペンと同じ時代には存在していて
http://www.vintagepens.com/catill_stylographic_pens.shtml
には先端の一部が透明な物もあります。とはいえ、この時代の製図用具は烏口ですから、まだ今のロットリングのような細い先のものはなかったのかもしれません。あと、ガラス質で思い出したのは、確か、プロッターに取り付けて使う製図ペンの中には先端がサファイア製のものがあったはずです。普通の製図ペンは持っていましたが、流石にサファイア製のは存在は知っていたけれど高くて買えなかったです。

_ S.U ― 2013年08月31日 08時56分24秒

製図用具の議論が盛り上がっていますね。よくは知らないのですが、ロットリングはインクが専用のもの指定ではなかったでしょうか。そうすると、インク代がバカにならないかもしれません。目詰まりした場合は、指定された洗浄方法があったように思います。
 烏口タイプなら、いざとなればどうにでも洗浄できそうなので、インクの自由度は大きそうですがいかがでしょうか。このへんは水蓮の性格と経済状況によるかもしれません。

_ 玉青 ― 2013年08月31日 13時49分20秒

〇astrayさま

おお、ガラスペンの守備範囲の広さを感じさせる話ですね。
目にされたのは、佐瀬工業所の取扱品目でいうと、↓の「竹軸セット」に相当するグレードの品でしょうか。
http://www7.ocn.ne.jp/~glasspen/page017.html
往時のガラスペンが、現在のボールペンのような役回りとすれば、当然いろいろな場面で重宝されたでしょうが、もし正式な図面を引くのにもガラスペンが使われていたなら、上の記事はちょっと修正が必要かも。

〇ZAM20さま

ZAM20さんはこの手の道具にもお詳しいのでしたね。
私のほうはさっぱりで、恥ずかしながら「泉筆」という単語も初耳でした。今調べて「針先泉筆」という称も知ったのですが、まさに名は体を表す、ピッタリのネーミングですね。かつての泉筆の機能・用途は後発の万年筆に、その構造・原理はロットリングに引き継がれた…という理解で良いでしょうか?
キャップ付きのものは見た目もカッコいいし、製図向きの用途に叶うのであれば、水蓮の胸ポケットに差すにはこちらの方が良さそうですね。

〇S.Uさま

烏口ならばインクでも墨汁でも何でもござれで、その辺の自由度は高そうですね。
水蓮は毎月、鉱石倶楽部で散財しているので、常に手元不如意のはずですが、でも製図用具に関しては並々ならぬこだわりがあるので、その辺は別会計になっているのかもしれません(笑)。

_ astray ― 2013年08月31日 14時40分17秒

> 目にされたのは、佐瀬工業所の取扱品目でいうと、
> ↓の「竹軸セット」に相当するグレードの品でしょうか

大きさと形は似ていますが、もっと事務用品な感じで、
軸が、竹ではなく木製だったと思います。
ペン先は、白いガラスでした。
-- 乳白色とかではなく真っ白
果たして同じメーカーの製品だったのやら。。。

_ 銀 ― 2013年09月01日 14時20分49秒

実用的なガラスペンについてですが、以前公設の工業試験場の流れを汲む施設に勤めていた関係で申しますと、竹軸や木軸のものはボールペンが普及する以前は、官公庁では常備品だったようです。替えのペン先だけの箱入りのものをデッドストックで見たことがあります。メーカーによりねじ込み式のものや、市販のペン軸に着脱できるものもあり、金属のペン先よりも安価だったことに加えて、インクだけでなく墨汁でも使える、というのも官公庁で重宝された理由かと思われます。
その時出てきたのは簿記用の細字のものでしたが、0.3mm程度で線も安定して書けましたし、ネット検索で見たところではそれよりも細い「極細」もあったようですので、製図用としても充分使用できたのではと思われます。(ちなみに前出の佐瀬工業所の竹軸ペンのラベルにも「図引」とあります)
参考までに、大正15年の官報に掲載の佐々木商店の広告(コマ番号17)。右から二番目の「陶玉萬年筆」は、astrayさんがお書きの黒軸に白いペン先という外観が一致するようです。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2956338

同じく昭和14年の官報より(コマ番号32)。(十字印ガラスペン)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2960281

ただ、これが水蓮の持ち物として相応しいかというと、確かに難しいところですが、例えば米Spors社が1920年代頃からドイツと日本に発注して作らせていたという三日月型吸入式(クレセントフィラー)の万年筆は、ペン先がガラスでキャップもあり、少しイメージに近づくかとも思います。
http://munsonpens.wordpress.com/category/spors/

また、当時ガラスのペン先は、金属ペンよりも堅いことから、複写用として独カヴェコ社や仏モンブラン社の製品にも使われていたようです。
http://www.penexchange.de/english/sites/klassiker/durchschreib.html

_ 玉青 ― 2013年09月01日 17時48分25秒

〇astrayさま & 銀さま

貴重な新しい情報をありがとうございます!!
これだけ新しい情報をいただくと、最早このコメント欄でレスするのは困難ですので、さっそく独立した記事に仕立てました。勝手にいろいろ引用させていただきましたが、なにとぞご容赦ください。また更なる情報等ありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。懇切なコメントに重ねて御礼申し上げます。<(_ _)>

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