「星を売る店」の神戸(1)2015年06月10日 19時49分55秒

稲垣足穂の「星を売る店」。

神戸を舞台にした、足穂のいわゆる「神戸もの」の代表作。
主人公である「私」が、神戸の街を徘徊しているうちに、ふと不思議な「星を売る店」を発見する物語。

現実が徐々に幻想に置き換わっていく過程が脳髄に心地よく、また星を商う店員に向かって「私」が突如発した、意味ありげな台詞とともに、物語がぶつっと終る切断感も印象的です。そして何よりも「星を売る店」のきらきらした描写―。あれを読んで、実際にあの店を訪問したいと願わない人は、少ないのではありますまいか。

本作は新潮文庫版の『一千一秒物語』にも収録されていて、この本は先月の新潮文庫フェア「ピース又吉がむさぼり読む新潮文庫20冊」というので取り上げられたため、本屋さんの店頭に平積みになっていました。足穂が平積みされている光景にビックリしましたが、ビックリついでに、私もすかさず買いました。



新潮文庫だと20ページちょっとの短編です。
初出は大正12年(1923)の「中央公論」7月号で、その後、大正15年(1926)に金星堂から単行本『星を売る店』として出版されました。

ここで一つ問題となるのは、「星を売る店」は、作者・足穂自身が後に手を加えたため、現行の形態と初出形態がずいぶん異なることです。まあ、足穂は自作に手を入れることを好んだため、大半の作品がそうなのですが、「星を売る店」の場合は、ちょっとやそっとの改変ではなく、初出時は、現在目にする形のほぼ3倍のボリュームがありました。こうなると、ちょっとした中編小説で、それを削りに削ったのが、現行のヴァージョンというわけです。

さらに個人的に問題になるのは、私はその初出形態を見たことがないことです。
断片的情報から判断すると、どうも初出形態の方が、神戸の街の描写も、主人公である「私」の行動も、より具体的かつ詳細であり、神戸の街に沈潜する良き手引きとなってくれそうなのですが、これは将来、金星堂版『星を売る店』の復刻版でも出たときの楽しみにとっておくことにして、ここでは現行形態に基づいて、作品世界に入り込むことにします。

(この項ゆっくりと続く)