渾天儀・補遺2015年12月26日 08時34分46秒

先日、2回にわたって中国の渾天儀とその模型について記事を書きました。

■出でよ渾天儀(1)、(2)

昨日、そちらのコメント欄で、Haさんから、南京の紫金山に置かれた渾天儀について、香港科学館が発行した『中国古代天文文物精華(中文版)』(葉賜權・編著、2003)に、その各部名称が、くわしい図解入りで載っていることを教えていただきました

私が正式名称不明として、仮に「分点環」、「至点環」と呼んだリングは、同書では「二分圏」、「二至圏」となっている由。「圏」は「環」に通じるので、Haさんのご教示に従い、ここでは「二分環」、「二至環」とするのが適当と思われますので、記事の方にも割注を入れておきました。

Haさんは、該当ページの詳細をアップされているので、ぜひ併せてごらんください。


これによると、上の「二分環」「二至環」以外にも、先の記事中での呼称と、現代中国語によるそれとに異同を生じている例が多いので、参考までに比較対照しておきます。以下、青字が、香港科学館の資料中での呼称です。

▲第一の球核(六合儀
 ・地平環 → 地平圏
 ・天経環 → 天元子午圏
 ・天緯環 → 天常赤道圏

▲第二の球核(三辰儀
 ・赤道環 → 遊旋赤道圏
 ・黄道環 → 黄道圏
 ・分点環 → 二分圏
 ・至点環 → 二至圏

▲円盤(四遊儀
 ・黒双環 → 四遊圏
 ・直距 → 天軸
 ・玉衡 → 窺管

   ★

また、この資料によって、四方から渾天儀を支える「飛龍柱」と共に、渾天儀の真下にあって、直下から球体を支えているデコラティブな柱の名称が「鼇雲柱(ゴウウンチュウ)」であることを知りました。 


「鼇(ゴウ)」とは大亀の意で、海中に住み、神仙の住む蓬莱山を支えているという伝説の動物です。件の柱をよく見たら、なるほど下の方に亀がいます。そして、柱の途中でにょろっと丸まっているのは、この亀が口から水を吹いている様を表現しているのでした。


西洋では大地の神・アトラスが、天球儀を支えていたりしますが、東洋では亀。
この亀―あるいは魚・蛙・蛇など、水の性を帯びた生物―が世界を支えているという観念は、どうやら汎アジア的なものらしいです。

と同時に、彼らは大いなる過去、すなわち世界が生まれる前の世界を象徴しており、天空と未来を象徴する鳥たちと対になっている…という趣旨のことが、伊藤清司氏の「亀蛇と宇宙構造(岩田慶治・杉浦康平(編)、『アジアの宇宙観』、講談社、1989所収)には説かれていました。

   ★

にわか神仙と化し、宇宙をたなごころにした気分をちょっぴり味わえました。

コメント

_ S.U ― 2015年12月26日 09時27分50秒

>水の性を帯びた生物―が世界を支えているという観念は、どうやら汎アジア的

 中国でこういう立派な台座の渾天儀がつくられ始めたのはそんなに古くないことだと思うのですが(宋代以降くらいでしょうか)、意匠にはさらに古い記憶がはいっているのですね。

 ここで思い出したのは、星座の「水圏」のことです。だいぶまえに同好会誌の記事で紹介したことがあるのですが、秋の南天の星座には水に関する星座が多く、これは西南アジア方面で南が海だったことを反映しているのではないかという説を知ってたいへん驚きました(URL)。陸地の周りだけでなく、天空の下も海が支えているというのは、人々の感覚に深く共鳴されるものだったのかもしれません。

_ 玉青 ― 2015年12月27日 17時10分58秒

天上にも河が流れ、海があり、船が行き来し、そしてまた陸があり、空がある。
なんだか不思議な感じですが、昔の人は、天上を地上の似姿としてイメージしたのでしょうね。現代でも、宇宙を海に、宇宙旅行を航海にたとえたりしますが、人間世界が広大な水界に浮かんでいるという感覚は、今も受け継がれているようです。

_ S.U ― 2015年12月28日 07時13分26秒

>「圏」は「環」に通じる

用語で思いついたことがあるので、ちょっと本来の筋に戻します。
 「圏」というのは今ではzoneなどの訳語のような意味で一般に「範囲」を示しますが、「巻」の字が入っているので、元来は丸い形の範囲のみを指していたのではないかと思います。閉じたベルト状の領域とか円盤状の領域です。ところが、この渾天儀の環を圏と呼ぶなら、そのまた古くは、単にリングを圏と呼んでおり、それが、一般のゾーンにまで拡張されてきたのでしょうか。数学用語にも「環」とか「圏」があり、これらは形すらありません。
 
 「圏」と同様に気になる言葉に「系」があります。太陽系の系などsystemの訳語になっていますが、「草食系」などの言葉のように「関係」の意味もあり、もともとは「系」と「係」は同意義で、系は「関係」が元々の意義で、何とか系の集合がsystemまで派生し、その元の意味は派生した漢字「係」に引き継がれているのではないかと思います。

 だいたい、理学や社会学などの学術用語に漢字が利用されると、その学問のインパクトの強さによってその意味がゆがめられ意味が変わってしまうのではないかと思います。訳者によって、恣意的に漢字が選ばれた結果だとすると、ある意味よくないことだと思います。(以上書いたことが歴史的に正しいかどうかは、中国の文献等を見ていないので、保障の限りではありません)

_ 玉青 ― 2015年12月28日 21時15分19秒

日本語文献における渾天儀の「○○環」の部位名称は、当然、中国文献に基づくものでしょうから、昔は中国でも普通に「○○環」と呼んでいたと思うのですが、いつから「○○圏」に置き換わったのか、あるいは清代も終わり近くになってからのことなのか、どうもその辺がモヤモヤしています。

一応、現代中国語の辞典も見たんですが、「圏」も「環」(簡体字は「王」偏に「不」)も、「輪っか」の意味で普通に使われている文字で、特に「環」が排除されている気配はありませんでした(ただし、日本語よりも「圏」が「輪っか」の意味でよく用いられているのは確かのようです)。

_ S.U ― 2015年12月29日 10時06分18秒

これはお調べありがとうございました。私も小さな中国語辞書を持っているのですが、漢字の最初の画で引く方法がなじめません。

 中国では、最近になって環が圏に置き換わったのだとすると、学術的意味の何らかの使い分けが生じたのでしょうか。強いて言うと、「環」は単にリングが存在しておればよく、「圏」はその中心にも意味のある物が存在するという違いによるのかもしれません。

_ 玉青 ― 2015年12月30日 16時02分38秒

環と圏。土星の環はどっちかな…と思って、“中国版ウィキペディア”である「百度(Baidu)百科」を見に行ったら、普通に「土星環」でした(ただし簡体字)。
http://baike.baidu.com/subview/417222/14198524.htm

学術用語としては、環も圏も日本と共通した用法が多く、たとえば「環境」は中国語でも「環境」で、「生態環境」や「地理環境」のような熟語も日本と一緒です。一方「圏」の方も、「大気圏」といった同じ使い方をします(ただし「大気層」の方がよりポピュラーな言い方らしく、対流圏や中間圏も「対流層」「中間層」と呼ぶのだそうです。では「成層圏」はどうか?というと、こちらは「平流層」だそうです)。

…と書いてきたところで、「む、待てよ。じゃあ、「渾天儀」そのものをBaiduはどう解説しているだろうか?」と思って、引いてみたら、あにはからんや、そこには「地平環、赤道環、黄道環、赤経環…」などと普通に書いてありました。
http://baike.baidu.com/view/51672.htm

結局、現代中国語でも、やっぱりそういう言い方はあるらしく、この辺は解説者によっても異なるのでしょう。どうもS.U大人のお手を煩わせたわりに、泰山鳴動気味で面目ありません^^;

_ S.U ― 2015年12月31日 09時35分58秒

さらなるお調べありがとうございます。今回は、「圏」の基礎的な意味の一つに(細い)リングの形があることがわかり、これまでのモヤモヤが晴れたような気がします。

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