『星恋』のこと2017年01月02日 14時54分59秒

星の文学者・野尻抱影(1885-1977)と、星を愛した俳人・山口誓子(1901-1994)が著した句文集、『星恋』(初版1946)。その冒頭に置かれたのが、誓子の「星恋のまたひととせのはじめの夜」という一句です。

「星恋」というフレーズが何とも良いし、明るい星々がきらきら輝く今の時期の空を見上げて、冷たく澄んだ空気を胸に吸い込んだときの清新な気分は、星好きの人にとって言わずもがなの情趣でしょう。

敬愛する霞ヶ浦天体観測隊http://kasuten.blog81.fc2.com/)のかすてんさんは、毎年この句でブログ開きをされるのを嘉例としていて、私もそのマネをしてみたいと思います。

   ★

といって、私の方は地上の話題に終始するのですが、私の手元には『星恋』が5冊あります。なんでそんなにあるかといえば、『星恋』には終戦直後の昭和21年(1946)に鎌倉書房から出た初版と、昭和29年(1954)に中央公論社から出た版とがあり(この2つは内容が多少異なります)、さらに昭和61年(1986)に深夜叢書社から出た『定本 星恋』と合せて、全部で3種類の異版があるからです。このことは既に5年前に取り上げました。

■『星恋』ふたたび

でも、それだけでは5冊にまだ2冊足りません。
実は鎌倉書房版と中公版は、それぞれ後からもう1冊ずつ買い足しました。

(左・鎌倉書房版、右・中央公論社版)

なぜかといえば、それぞれに抱影と誓子の署名が入っているという、関心の無い人にはどうでも良いことでしょうが、『星恋』に恋する者には無視できない要素が含まれていたからです。


中公版は抱影の署名入り。ミミズの這ったような…というと叱られますが、抱影の独特の筆跡で、仏文学者の高橋邦太郎(1898-1984)に献じられています。


対する鎌倉書房版には、誓子の几帳面な署名と落款が印されています。

古書を手にすると、昔の人の体温がじかに伝わってくる気がしますが、この2冊は確実に二人の作者が手に取って、ペンを走らせた本ですから、両者の存在がなおのことしみじみと身近に感じられます。何だか今もすぐそばに座っているような気すらします。



  星恋のまたひととせのはじめの夜
  初春といひていつもの天の星

変るものと変わらぬもの。
世の転変を横目に、今宵も星と向き合い、そして自分の心と向き合いたいと思います。

コメント

_ S.U ― 2017年01月03日 09時03分20秒

 お二人とも亡くなってからもうだいぶ経ってしまいましたが、これらの署名を年ごとに眺められれば、それだけで心強いものがあるでしょうね。人々の心には何年経っても「またひととせの」が続くことでしょう。
 私事になりますが、私は、中学生の頃、山口誓子と野尻抱影のファンでした。誓子は教科書で「夏の河赤き鉄鎖のはし浸る」を読み作者紹介のところで「京都府出身」(私と同じ)ということで知ったことを憶えています。その後、好きな俳人の数人のうちの1人ということになりました。野尻抱影は天文入門書でお世話になっていたし、テレビ、ラジオ、新聞にもよく出ていました。ところが、この共著『星恋』があることはうかつにも1986年の再々刊まで知りませんでした。抱影は、弟の大佛次郎を始めとして文学者とつながりはよく自ら書いていますが、山口誓子のことはあまり他には書いていないように思います。私が読むものが偏っているからということも考えられます。また、抱影と誓子は16歳も歳が違いますので、文学者としての付き合いはあまりなかったのかもしれません。

_ 玉青 ― 2017年01月03日 11時59分22秒

元々好きだった対象が、実は深く結びついていたことを知るのは嬉しいものですね。

このコラボ作品は、最初抱影の方から持ち掛けたもので、抱影は「星の俳人」としての誓子に以前から注目しており、当初は自分の随筆に誓子の句を数句引用させてもらえれば…というつもりで手紙を書いたら、誓子の方がいたく感激して、大量に星の句を準備して、結果的に今見るような形になった…ということが、両者の文章から読み取れますね。『星恋』というタイトルは抱影の発案で、誓子の例の一句はそれに唱和したもの…というのも、ほほえましいエピソードです。

以前も書いた気がしますが、それまでお互い一回も会ったことがないのに、こういう美しい本が生まれたというのは、星好きの純な心理を物語る挿話として、なかなか気持ちが良いものです。

_ S.U ― 2017年01月03日 13時15分54秒

ご教示ありがとうございます。抱影に呼応して大きく反応したというのは、やはり誓子がかなり年下であったという事情があったように思います。

 お話を聞いて改めてみてみると、私が持っている1986年版の誓子の1986年の「定本・あとがき」は実にあっさりしたもので詳しいことはわかりませんが(すでに抱影が没していたということが大きいのでしょう)、昭和29年以後、二人は20年間以上もともに文学界の現役有名人であったはずなので、その間はどうだったのかということも興味があります。それは私がたまたまその期間に両者のファンであったからという心理によるものですが、仮に意外にもその後没交渉だったとしても、それはそれなりに相応しいように思われて良いように思います。

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