賢治 「星めぐりの歌」 雑感2011年01月22日 20時53分07秒

今週は公私ともに(公というのは食べるための仕事のことです)、なかなか忙しく、あまり記事が書けませんでした。ようやく一段落してホッとしていますが、今度はまた腰が痛くなり、これは暫くおとなしくしていろ、という天意なのでしょう。

   ★

今日の朝日新聞の土曜版(be on Saturday)は、宮澤賢治の「星めぐりの歌」の特集でした。「あかいめだまのさそり…」で始まる、賢治が作詞・作曲した名高い星の歌。

■YouTubeにアップされている「星めぐりの歌」の例
 http://www.youtube.com/watch?v=q0gQSKKjh9M

記事は、地元・岩手での取材を絡めて、この歌の誕生の背景を探っています(筆者は藤生京子氏。以下< >内は記事の引用)。

取材を受けられた方の年齢に注目すると、81歳、69歳、76歳、74歳…とあって、81歳の方にしろ賢治の直接の記憶はないでしょうから、賢治も遠い人になったことを改めて感じます。

で、今回の記事の流れは、そうした人々の記憶の中で、賢治の神格化が着実に進んでいることを述べる一方で、この歌には別の顔もあるよ…というのが眼目になっています。

<賢治を語らせると、控えめな人々の口調が、少しずつ、冗舌になってゆく。ただ、その歌曲の代表作に対して、最近は少し違う見方も現われている。>

それはソプラノ歌手の藍川由美さんの説で、「星めぐりの歌」の旋律は、大正時代のヒット曲「酒場の唄」(松井須磨子主演「カルメン」の劇中歌)に一部酷似していることを指摘したものです。

<「賢治が『カルメン』を劇場で見たかどうかは不明ですが、当時の流行歌の広がりは爆発的でした。『酒場の唄』に自作の詞をのせて口ずさんだと考えるのが、普通ではないでしょうか」と藍川さん。>

記事によれば、数年前にこの説が発表された時、それに怒りを覚えた賢治ファンが少なからずいたらしい。ファナティックな賢治ファンの特質を如実に示すエピソードです。ファンにとっては、何か「我が神、賢治」が冒涜されたように感じたのかもしれません。

人間には誰しも、清い部分と醜い部分、あるいは高貴な部分と下らない部分があって、もちろん賢治もその例外ではないはずです。賢治を神として崇める人は、たぶん自らの清い部分を賢治に投影しているのでしょうけれど―そしてそのこと自体別に悪くはありませんが―ただ、そうした自らの心に余りにも無自覚的な人は、ひょっとして己の悪にも気づかないのではないでしょうか。

自分の内なる聖性と魔性を共に自覚すること―人はそれによって初めて賢治の物語を「自らの物語」として読めるのだと思います。

話が脱線しました、この辺は朝日の記事とはまったく関係ない個人的感想です。まあ、「カルメン」云々の話は、単に微笑ましいエピソードに過ぎないので、こんな風に拳を突き上げるのは、滑稽かもしれませんが、酒の勢いもあって、ちょっと強く出てみました。

コメント

_ スピカ ― 2011年01月23日 00時39分54秒

同感です。どこかで聞いたかもしれない記憶の中の曲が心に残っていて作曲する時に自然に影響を与えてるってこともあるらしいです。酒場の唄ですか。賢治さんが耳にしていたかもしれないって思うだけでワクワクしますね!

_ S.U ― 2011年01月23日 07時45分52秒

昨年NHKで放送された「歴史秘話ヒストリア・雨にも負けぬサラリーマン~宮沢賢治」でも似たような印象を受けました。賢治がサラリーマンとしての営業で、現代の若い営業マンと同じ意味で、苦労しがんばった、という内容でした。
 神格化された賢治のイメージとは大きくずれていて戸惑いをおぼえるものでしたが、たぐいまれな才能に恵まれ、おそらくは一癖も二癖もある思想を持ちながらも、それでも社会の一員として一般人と同じように貢献したいとする賢治が番組を見終わったあとはかえって偉大に思われました。

_ 玉青 ― 2011年01月23日 21時27分41秒

○スピカさま

賢治の心に焼き付いた「酒場の唄」。
改めて探したら、以下のページでメロディーを聞くことができました。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/sakabanouta.html

なるほど、似ているといえば似ていますね。「赤い目玉のさそり…」の歌い出しも、「酒場の唄」に出てくる「赤」のリフレインが影響している感じです。

賢治が本当に「酒場の唄」に惹かれていたのなら、私は賢治のことが今よりももっと好きになれそうです。やっぱり聖人君子よりも、肩を組んで、共にグラスを空けられる人が、私は好きです(笑)。

○S.Uさま

サラリーマン賢治。それはちょっと見たかったですね…と思ったら、下で見られました。
http://gurublo.com/dm/2010_02/rekisi/100512_3_1.html

賢治はサラリーマンとしては、ちょっと鈍な、使えない人という印象が個人的にあるのですが(そして私にとっては、その方がエラく感じられるのですが)、番組では結構「やり手」として描かれていて、その点がちょっと意外でした。でも、最後はやっぱり「雨にも負けない刻苦勉励の人」という結論で終っていたのは、ややステレオタイプに流れた感もあります。

うーん…ひょっとしたら、この辺はS.Uさんと受け止め方が違っているかもしれません。
私は、同じ苦労人でも啄木とかの「ダメ人間」に惹かれる部分があって、「偉人伝」に出てくるような人は、どうも苦手です。ですから、私には賢治に実際以上に「ダメ人間」であってほしいと願う、妙なバイアスがかかっている可能性があることを告白しておきます。(前原寅吉翁のことも、そのせいで一寸ビターな書き方になったかもしれません。)

_ S.U ― 2011年01月24日 21時46分58秒

>「やり手」...ステレオタイプ
確かに、賢治は、意外にも営業マンとして少なくとも人並みには務められたようですね。私は、賢治が、その方面に乏しかった資質を努力で補ったという番組の捕らえ方は大きく間違ってはいないと感じます。

>この辺はS.Uさんと受け止め方が違っているかもしれません
うーん。賢治は「ダメ人間」か、「良くできた人」か。微妙ですね。これは事実の賢治とはほとんど関係がなく、我々が賢治に何を期待するかという問題ですね。
 私は、小さい頃に賢治の童話を読む機会がなく、いきなり「雨ニモ負ケズ」と「永訣の朝」から入門したので、人々に尽くそうとひたすら努力する偉人として賢治を取り込んでしまったようです。賢治は、基本的には私にとって「良くできた人」です。そういう意味では、啄木も貧しいながらも親孝行をした偉人です。これらは、私の子どもの頃の「道徳教育的環境」によるのかもしれません。

 でも、私にとっても、別にそういう偉人ばかりではなく、稲垣足穂や太宰治などダメ人間であればあるほど有り難く感じる人もいるので、まあファンの期待というのはほんとうに勝手なものです。

_ 玉青 ― 2011年01月25日 22時18分21秒

ハッ! 省みるに、私自身が実はあの番組以上に、非常に俗なステレオタイプに捉われていたのかも。つまり文学者は常に夢みがちで、実務に長けていてはいけないという…。

「ダメ人間」というのは、主に実生活方面がダメな人という意味で、日本人(私も含め)は、わりとそういう人をもてはやしますね。山頭火とか、足穂とか、つげ義春とか、畸人伝や「無用者の系譜」に連なる人たち。世間は彼らに夢を託し、そこにある種の救いを求めているのかもしれません。

で、本来、賢治はそういう系譜から外れる人なのに(むしろ、それとは反対の「よくできた人」の系譜ですね)、無理やりそこに押し込もうとしたのが、私の敗因でした。賢治さんにとっては迷惑千万な話で、この場で陳謝することにします。

(ちなみに、私の賢治初体験は、国語の教科書に載っていた「やまなし」です。そのせいで、必要以上に「賢治=変な人」のイメージが刷り込まれたのかもしれません・笑)

_ S.U ― 2011年01月26日 18時07分13秒

「やまなし」が教科書に載っていたなら、今や全国的に「賢治=変な人」が多数派かもしれません。一般に作家や芸術家は変人であるほうが自然でしょうから、玉青さんの感覚は間違ってはいないと思います。

 ところで、前欄にファンは勝手だと書きましたが、昨今の不況・就職難の世では、大人が若い人に「個性」や「特技」を求めると同時に「協調性」やら「問題解決能力」まで要求して、教育現場やセミナーでゲキをとばしているようです。そのうえに、幅広い知識と経験を積めとは、私はとんでもない酷い話だと心を痛めています。要求するならどれか一つだけにしてほしいものです。まじめでおとなしい普通の若者に、プロスポーツの一流選手にも出来ないことを求めるとは、これでは持っている能力さえつぶしてしまうことになるでしょう。

 こういう状況を考えると、やはり、多方面の要求をされない作家はやはりいいですね。ファンもそこに安心を見いだすのでしょう。

_ 玉青 ― 2011年01月26日 21時15分15秒

>とんでもない酷い話

まったく同感です。ニュースで「企業は即戦力を求めている」とか聞くたびに、その企業の担当者に向けて、「お前さん、ウン十年前の自分のことを考えたことがあるのかい?どれだけ面の皮を鍛えたら、そんなセリフが吐けるんだ」と毒づきたくなります。誰がどう考えたって、経験のない若者が(企業の求めるような)即戦力になれるわけがありません。
(まあ、新卒一括採用ではなくて、中途採用にも広く門戸を開いているよ、という趣旨の企業アピールならいいですけれど、どうもそうではないようです。)

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