トアの話2019年08月12日 06時53分25秒

ハイカラ神戸の象徴である、「トアロード」のことは、これまでも稲垣足穂に関連して、何度か記事にしました。昨日の『雪氷辞典』を見ていて、ゆくりなくトアロードのことを思い出したので、そのことをおまけに書いておきます。

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「トアロード」という地名の語源は、その突き当りに「トアホテル」があったからだ…ということになっています。では「トアホテル」の「トア」とは何か?これも昔からいろいろ言われてきましたが、現時点で最も確からしいのは、以下の説です。

すなわち、「トアホテル」の開業は1908年ですが、それ以前に、この場所には「The Tor」と称するイギリス人の邸宅があり、ホテルはその名称を受け継いで「Tor Hotel」を名乗ったという説です。

(お伽めいたトアホテルと、鳥居マークのラゲージ・ラベル)

そのイギリス人とは、F. J. バーデンズという人で、「Tor」とはケルト由来の古英語で、「高い岩や丘」を意味し、コーンウォールやデヴォン地方の地名に多い由。このことは、水田裕子氏(編著)『TOR ROAD STYLE BOOK』(1999)に教えてもらったのですが、同書はさらにこう述べます。

 「英国人バーデンズ氏が、なぜ「トア」を称したかは何の記録もありませんが、当時外国人の間でこのあたり一帯をThe Hill(丘)と呼んでいたことを考えると、毎夕、居留地のオフィスを出て家路をたどるとき、突き当りの小高い石垣とわが家、その背にある山の岩肌を見るにつけ、故郷のtorとダブッたのではないでしょうか。」(p.13)

(1900年ごろ、神戸市西町の「玉村写真館」で撮影された英国人夫妻の肖像。バーデンズその人ではないにしろ、同国人のよしみで、彼らはバーデンズ氏の顔と名前ぐらいは知っていたでしょう。英国ノリッジの古書業者から購入)

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その「トア」が、『雪氷辞典』にも出てきたので、「ほう」と思いました。

「トア [トール、岩塔] tor」

 風化に対して抵抗性の強い岩石がつくる塔状・塊状の高まりをいう。さまざまな気候下でみられるが、周氷河気候下でみられることが多く、凍結風化によって破砕されやすい部分が除去されたあと、壊されにくい部分だけが残って、まわりの地表面から突出した地形と考えられている。現在形成中のものもあるが、多くは氷期の周氷河環境下でできた周氷河地形である。凍結風化に対して抵抗力の強い、節理間隔の大きな岩石や、空隙率の小さい岩石からなる。

氷河期の酷寒にさらされても、なお凍結破砕を免れた頑丈な岩体、それが塔のようにそびえたものが「トア」です。

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足穂もトアホテルの語源には注目していて、「緑の蔭―英国的断片」というエッセイにそのことを書いています。

足穂は、最初「トア」とは単純に「東亜」のことだと考えました。

次いで、英和辞典を引いて、「 tor 」に「岩山、岡 (特に英国 Dartmoor の)」という意味があるのを見つけ、さらにダートムーア地方と神戸周辺が、ともに花崗岩質であることに何か意味があるのでは?…と推理を働かせます。かつての鉱物少年の面目躍如です。

でも、結局、これは日本語の「Torii 鳥居」に由来し、ホテルの中に鳥居があったからだ…という説に落ち着いています。

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「トア」が鳥居なんぞでなく、やっぱり岩山で、しかもすこぶる地質趣味に富んだ名称だと足穂が知ったら、彼の「神戸もの」に、一層硬質な趣きが加わったかもしれないなあ…と思うと、ちょっぴり残念な気もします。

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