賢治の理科教材絵図(3)2009年07月01日 20時18分04秒


賢治の科学観…というような話題を、コンパクトに書くことは、とてもできそうにないので、この件はしばらく寝かせておくことにします。
ここでは天文古玩的に「モノ」のレベルにこだわって、賢治の絵図について、気付いたことをメモしておきます。

(1)絵図の大きさ

この本(『宮澤賢治 科学の世界』)を含め、手元の本には、なぜか絵図の大きさが書かれていません。それだと現物をイメージしづらいので、文中の記述をもとに大体の大きさを書いておきます。

まず、通番2「原子・分子と岩手県」の図↑では、一番下の水素原子の直径(電子軌道径)が16センチとあります。とすると、絵図全体のサイズは、約60×40センチ(本に掲載するにあたって、周囲がトリミングされている可能性もありますが、とりあえず印刷された部分のみ考えることにします)。

また通番10「土壌粒子の粒径区分」では、土壌の顕微鏡拡大図の視野径が9センチとあるので、同じく約56.5×32センチに相当します。

さらに通番4「日出・日入時刻と日照時間」は、図中の賢治のメモ書きから判断して、約38×25.5センチの大きさ。

要するに、賢治はA2版(59.4×42センチ)やB4版(36.4×25.7センチ)に近い大きさの用紙を使って作図したようです。「掛図」というには一寸小さいですね。手書きという制約もありますし、羅須地人協会の教室(※)は10畳間程度なので、これで十分だったのかもしれません。ただし、下述のように花巻農学校でも使っていたとすると、やや小さすぎるような気もします。

(※)以下のサイトに内部の様子が紹介されています。
 ○宮澤賢治の里より:羅須地人協会について(その6:賢治先生の家)
 http://blog.goo.ne.jp/suzukikeimori/e/52536250784dd27e3343b080ec4266f1


(2)これらの絵図はいつ作られたか?

今回、一連の記事を書くにあたって、畑山博氏の『教師宮沢賢治の仕事』(小学館、1988)を通読しました。これは教師としての賢治の姿を、昔の教え子たちに取材してまとめた労作です。同書を読むと、人々の記憶の中では―ごく自然なことですが―かなり理想化・神格化されている気配があって、ただそれを割り引いても、彼はきわめて魅力的な先生であったようです。(前回、唐突に「土」の話題が出てきたのは、畑山氏の本にそれが感動的なエピソードとして書かれていたことに由来します。)

で、そこに次のような話が出てきます。

「羅須地人協会で、賢治先生が、青年たちに講義をするために作られた教材絵図がありますね〔……〕あれは、羅須地人協会のために初めて賢治先生が作ったもののように皆思われているようですが、実はそうではありません〔……〕農学校で、同じものを、すでにわたしたちも習っておったのですよ」(話者:瀬川哲夫氏、上掲書68ページ)

現存する絵図が、花巻農学校時代にも既に使われていたのか、あるいは農学校で使われたのは似たような別の図だったのかは不明ですが、現役教師時代にも、賢治が手製の教材を使っていたのは確かなようです。

既製の教材にあきたらず、いろいろ工夫していたのは、賢治がごく良心的な教師だった証拠でしょう。(彼は英語、代数、化学、気象、作物、土壌、肥料、実習を担当しました。)

上の画像の中央右に見えるのは水素分子の運動模式図です。

「これは水素ガスの分子運動なのです。/水素ガスの分子が、一秒間にどれだけ多く他の分子にアタックする機会があるかということを示しています。/何回だと思いますか。/100億回。100億回ですよ。/生きものたちの身体を作っている分子たちだって同じです。/生物でない無機物だって同じです。/無機物のからだの中でだって、同じように分子たちは飛びまわり、いつもぶつかり合っているのです。/そうなると、生きものも無機物も区別のつかない面も出てきます。/そうです。そうなのです。/こうしてじっと息をつめていたって、細胞は、黙ってないんだ。/黙ってない細胞が沢山集まって出来ているのが人間なんだ。/人間というのはだから、細胞が集まってやっているお祭りなんですね。」(同、77‐78ページ)

賢治の教え子・瀬川哲夫氏が、遠い日を回想して再現した賢治の授業風景です。
夢のような光景であり、体験ですね。。。

コメント

_ S.U ― 2009年07月01日 21時21分48秒

分子の大きさを取り上げるのみならず、それが他の分子と出会う頻度を定量的に取り上げているところは、さすが、賢治の実践的精神の発露ですね。

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