『レモンと実験』(その2)2009年09月08日 07時18分00秒

この本は、題名の通りレモンを材料にいろいろ実験をしようという本なのですが、ちょっと不思議なところがあります。それは問いかけばかりで、答がないところです。

たとえば、「レモンで動く舟」という実験。
アルミホイルで作った小舟の船尾に針で穴を開けて、舟にレモンの汁を2,3滴たらすと…

「 この舟を水にうかべると、どうなるでしょう?
舟は前に進みますね。何回でもできますか?
舟が動かなくなったら、水をとりかえて、もう
一度やってごらんなさい。どうなるでしょう?
レモンのしるで舟が動くのでしょうか?なぜ
でしょう?

 レモンのしるは、水の表面にたいして、どんな
はたらきをするのでしょう?おゆにうかべて
やっても、この舟は動くでしょうか?

 なぜ舟が動き出すのか考えてみましょう。」

これは、とても高度な設問だと思います。実際、小学生にはもう少しヒントがないと、答えられないような気もしますが、それでも作者はストイックに沈黙を守るのです。もちろん、巻末を見ると「おうちのかたへ」という解説編がある…というような「ズル」は一切ありません。(「おうちのかた」も一緒に考えてほしい、というメッセージかもしれません。)

答よりも、そこに至る過程を重視していることは、本の冒頭で、以下のように格調高く書かれています。

「 化学者は実験したり考えたりします。わたしたちも
化学者とおなじように、実験したり考えたりしながら、
レモンを使って化学を学んでいきましょう。いちばん
だいじなのは、つぎのような疑問をもつことです。

   どんなことがおこるか?
   それはどんなふうにおこるか?
   なぜそうなるんだろう?

〔…〕おぼえておいてほしいことは、科学者は自分の
仕事をとても注意ぶかく見つめ、自分のやっていること
についていろいろ考えをめぐらすことです。

 新しいことをためしたり、それをまたちがった方法で
やってみたりすることをおそれません。

 この本では、実験のやり方について、一つ一つくわしく
説明してはありません。ですから、自分でやり方を考え、
こうしたらいいという方法を見つけるようにしてください。
さしえ絵を見て、やり方の手がかりをつかんでください。
ときには実験がうまくいかないこともあるでしょうが、
がっかりしないことです。そんな場合でも、科学者は決して
あきらめたりしません。何度でもやってみます。実験や
発見には、数多くの失敗がつきものなのですから。」


引用が長くなりましたが、この文章を読んで、幼い日の私は感動したのだと思います。それまで知識をコレクトすることで得々としていた「図鑑少年」が、真の科学的思考に触れた瞬間です。

著者の言葉は、先生が生徒に教えるそれではなく、先輩科学者が後輩に向けて語りかける口調ですね。本書には子どもに対する信頼感があふれており、その信頼感が子どもたちに「小さな科学者」としての自覚を促したのでしょう。(信頼を口にするのは簡単ですが、現在はそれを感じ取りにくい時代かもしれません。)

(この項つづく)

コメント

_ shigeyuki ― 2009年09月08日 23時41分36秒

素敵な本ですね。
最近は、テレビなんか見てると、「これはこうです」って感じで、思考停止させるような怪しげな化学的根拠がまかり通ってますからね。「まずは自分で考える」ということは、一番子供に対して教えなければいけないことですね。

_ かすてん ― 2009年09月09日 07時28分38秒

科学の王道を説く本ですね。ただ、つき合わされた大人が我慢できないかも。

_ 玉青 ― 2009年09月09日 20時35分24秒

○shigeyukiさま

まさにそうですね。そして「自分で考える」というのは、本来面白いはずなので、その面白さを大人がいかに伝えられるか、ですね。(この辺になると、一寸あやしいオトナも少なからずいるやも。。。)

○かすてんさま

あはは。当時少なからず悲喜劇があったかもしれませんね(笑)。

_ みかん ― 2010年05月18日 11時54分02秒

この本を探しているのですが、中々みつかりません。どこで手に入るのでしょうか?版元の福音館書店のHPにも載っていませんでした。
1969年刊行なので、もう絶版になってしまったのでしょうか?

_ 玉青 ― 2010年05月18日 19時51分47秒

れもん好きのみかん様、こんにちは。
私もこの本がどうしても欲しくて、古書検索サイトやオークションサイトをずい分長いこと探し回りました。でも、そんなに苦労せずに、わりとパッと見つけられた方もいるようです。まあ、この辺は運とタイミングの問題なのでしょうね。でも、探していれば、いつかはきっと見つかるはず。それぐらいの流通量はあると踏んでいます。

_ みかん ― 2010年05月30日 01時21分06秒

「れもん好きのみかんさん」と呼んで頂き、なぜか嬉しくなりました(理由わからず)。根気よく探し続けててみます。久しぶりにぐっとくる本だったので・・・。題名のちょっとシュールな感もすごくひかれます。巷であまり紹介されていないのが残念ですね。

_ 玉青 ― 2010年05月30日 08時53分25秒

○れもんの大好きな(!)みかんさん

うーん、なかなかタイミングが合わないようですねぇ。
ぜひ、れもんとの良いご縁があることを祈っています。

  +

ところで、ふと思ったのですが、本の雰囲気を味わうだけならば、原書を購入するという手がありますね。
アメリカのアマゾン(http://www.amazon.com/)を見たら、この本(The chemistry of a lemon)は、1966年に初版が出た後、94年にもハードカバーとペーパーバックの2つの形態で再版されたようです(いずれも現在は絶版?)。
日本語版のもとになった66年の初版については、現在10冊ぐらいユーズドで出品されています。売り手欄にInternational & domestic shipping ratesと書かれている業者さんは、たぶん海外発送可能。本体は300円以下で手に入りますが、送料がちょっと割高で、船便で1000円ちょっと、航空便だと3000円以上とられるようです。
以上、ご参考までに。。。

_ みかん ― 2010年05月31日 01時41分57秒

ありがとうございます!冒頭の、「答えをみつける」ということはどういうことかについての著者からのメッセージ、そして各ページの実験etc...原文で読めたらすばらしいですね。
中々自分では思いつかない発想でした。
早速検索してみます!

_ 玉青 ― 2010年05月31日 21時33分32秒

ほんのちょっぴりお役に立てたようで、ホッとしています。
レモンからのメッセージが早くお手元に届きますように!

_ みかん ― 2010年09月22日 18時21分34秒

ついに「レモンと実験」に巡り会えました!少し時間がかかりましたが、古書を見つけることができました。玉青さんのあたたかいエールに支えられ、ようやくです。本当にありがとうございました。

_ 玉青 ― 2010年09月22日 19時51分03秒

“An orange meets a lemon !”
すてきなストーリーの始まりですね。

おめでとうございます。
お知らせいただき、私まで喜びのおすそ分けにあずかることができました。
いやあ、本当に良かったです。
「レモン仲間」として、今後もどうぞよろしくお願いします^^。

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