さあ、うたおう天文の歌を2010年05月17日 19時47分34秒

『天界の物語』はちょっとお休みします。今日は日本の話題。

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天文古書を探していたら、「天文歌」という本が売られているのを見つけました。
明治7年(1874)に出た和装本ですから、ずいぶん古めかしい本です。
本屋さんの記述によれば、「彩色木版飛行気球図」というのが載っているらしくて、何だかハイカラな文明開化の匂いがしますが、内容は天文学と関係があるのでしょうか?そもそも題名は「テンモンカ」と読むのか?

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上の疑問は、ネットで検索したらすぐに解けました。
実物は、東北大学附属図書館の「和算資料データベース」で公開されています。
http://dbr.library.tohoku.ac.jp/infolib/meta_pub/G0000002wasan
(「天文歌」で検索)

まず表題は「てんもんのうた」と読みます。内容はずばり天文学の初歩を説いた本。
作者は石阪(石坂とも)秋朗という人物です。刊記には「備中倉敷 明倫小学開板」とあって、ネット情報を総合すると、ここは旧幕時代、倉敷代官所の中に置かれた明倫館(朱子学や心学を講じた)の後身で、明治6年ごろ「明倫小学」と改称したようです。

著者の石坂秋朗については、さらに以下のような記事が見つかりました。
「幼い頃より草木について学び、のちに本草学の知識を活かし藩医となる。また、医業の傍ら国事についても意見を述べ、多くの人の耳目を集めた。明治2年を境に隠居生活をおくるが、晩年の本草に関する著書はその後の薬学・化学の研究分野に大きく貢献した。書画、琴、詩文、和歌、盆栽などを能くした。(参照:岡山県人名辞書)」
(出典:http://21coe.kokugakuin.ac.jp/db2/kokugaku/isizaka.001.html

この記事によれば、彼は明治32年(1899)に86歳で没しているので、逆算すれば文化11年(1814)の生れ。したがって「天文歌」を書いたのは60歳頃で、当時にあっては立派な老人といっていい年配です。

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こういう旧時代の教育を受けた人が、新時代の子供たちを育てようと、懸命に筆をふるったその中身とは?という点に、強い興味を覚えました。
で、実際に見てみると、これが何とも妙な本なのです。「天文の歌」というのは、天文知識を七五調で弁ずる体を、こう称したもので、年端も行かぬ童子たちが口ずさんで覚えるのにちょうど良い形式として考案されたのでしょう。

前置きが長くなりましたが、石坂老の力作を皆さんもぜひ味わってください。
原著はくずし字で甚だ読みにくいので、以下の方針に従い書き改めたものを下に掲げます。

【凡例】
・字体はすべて現行のものに替えました。
・原文の振り仮名表記は現代かな遣いに改めました。
・漢字の送り仮名を一部補いました。
・文意や韻律に即して、適宜改行やスペースを入れました。

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天文歌(てんもんのうた)

仰いで天(そら)を眺むれば
蒼々(そうそう)として限なし
是を大虚(たいきょ)といふぞかし
空闊至虚(くうかつしきょ)に見ゆれども
清澄稀微(せいちょうきび)の遊気(ゆうき)有り

遊気の外(そと)に大陽(たいよう)は
常に懸りていづこへも 処(ところ)移さず 其の体(たい)は
光明(こうみょう)至大の火球(かきゅう)なり
其の全径は英国(いぎりす)の
八十二万と二千百 四十と八里ありと聞く

水星金星我が地球 火星木星土星等(など)
別に一二の星ありて 外囲を互に巡るなり
此の衆星(しゅうせい)の総名を 大遊星といふぞかし
猶この外(ほか)に数々の小遊星もありとしれ
地球も同じ星たれば 大遊星のひとつなり

近く望めばその光 分明(ふんみょう)なるは大陰(たいいん)ぞ
さて大陰の其の体(たい)は 小遊星の一(いつ)にして
其の全径は英国(いぎりす)の二千と百と七十五里
地球と共に大陽の外囲を廻(まわ)り 大陽の
光をうけておのづから 明暗昼夜の分(わかち)あり

地球は常に自転して独楽子(こま)の廻るに異ならず
自転の機(しん)の両端を 南北極といふぞかし
地球の面(めん)が大陽に向うた時が昼なるぞ
背(そむい)たときを夜としれ
其の一転が一日ぞ 三百六十五転して
天の度数を一周し 元度(げんど)に復(かえ)るが一年ぞ

天度(てんど)は三百六十度
西と東は経(たて)なるぞ
北と南を緯(ぬき)と知れ
中は赤道 南北を南緯北緯と名づくるぞ

冬は斜めに日を受けて 夏は直(ただち)に日を受くる
春秋(しゅんしゅう)二季は平分(へいぶん)に
日影を受くる それ故に 四季の更(かわり)も有りとしれ

地球の面(めん)の全径は
皇国(みくに)の法(のり)の里数にて
一万零々八十里

日月(じつげつ)地球の三体が
同じ経緯の度にあたり
出会うた時が触なるぞ

小遊星は金星と 我が地球とに一個(ひとつ)づつ
土星に五つ 木星に 四個(よつ)を合せて十一個
大遊星に附属して
明暗盈虚(えいきょ)は大陰の 地球に於けるとおなじ事

大小星の其の外(ほか)に また恒星の一種有り
遠く望めば一点の 蛍のかげに異ならず
是又一箇(ひとつ)の火球にて
わが大陽と同じ事
俗に所謂(いはゆる)天の川
衆恒星(しゅうこうせい)の群集(くんじゅ)して
河象(かしょう)を成すに外(ほか)ならず
至遠(しえん)の天の外(ほか)なれば
其の理(ことわり)は知り難し

また彗星の一種あり
光芒ながく尾を曳(ひき)て
甚だ怪しき星なれど
また遊星の外(ほか)ならず
其の行道(こうどう)の長ければ
多年の後に一度づつ わが天頂を過ぐるなり
彗星天に出づる時 天災地妖の徴(ちょう)といふ
無稽の俗説 笑ふべし

上(かみ)に挙げたる略説は
唯だ天文の一斑を 童(わらわ)のために筆記して
窮理の門(かど)の開き初め
其の堂室に入(い)らむには
他の博物の書(ふみ)を看るべし

(以上、全文)

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なんだか、オッペケペ節のリズムが頭に響いてくるようです。