ピエロも消え、若者も消えた2017年10月28日 09時43分03秒

本来の天文趣味からずいぶん遠いところまで来てしまいましたが、ついでなので、『月の光に』に関して、もう1つだけ古絵葉書を載せます。

   ★


これも「Au Clair de la lune」と題されていますが、ここにピエロの姿はなく、登場するのは少年と少女のみ。内容も、例の歌とはあまり関係なさそうなので、この「Au Clair de la lune」は、特定の歌のタイトルというより、ごく一般的なフレーズとして使われているのでしょう。

(典型的なセピアの絵葉書。周辺の銀化が進んでいます。)

さて、その内容なのですが、これまたよく分かりません。
手元にあるのは5枚ですが、これでコンプリートなのかどうかも不明です。
セリフが一切ない無言劇なので、例によって、適当に個人的解釈を施しつつ、その情景を一瞥してみます。

   ★

月夜の出会い。目が合ってはにかむ女の子。


「さあ、おいでよ」と、頼もしく手を引く男の子。


睦言とキス。


斜に構えて煙草をふかす男の子。酒瓶を抱えて見上げる女の子。


男の子はいつの間にか姿を消し、酒瓶を抱えて独り煙草をくゆらす女の子。
その足下に「Fin de siècle(世紀末)」の文字。

   ★

女の子が途中から眼鏡をかけていますが、これは女性が齢を重ねた記号的表現でしょう。全体として、男にたぶらかされて、すさんでしまった女性の半生を描き、「これぞ頽廃の世紀末なり!」と揶揄する内容なのかな…と想像しました。

まあ、あまりにも演者の二人があどけないので、ちょっとどうなのと思わなくもありませんが、こういう趣向が当時は受けたのかも。

(下界のドラマを見下ろす冷笑的な月)

   ★

なお、この絵葉書はアドレス欄と通信欄を仕切る境界線があるので、絵葉書の時代判定のメルクマールからすると、1904年以降のものということになるのですが、内容的には19世紀末のものとおぼしく、ちょっと時代は曖昧です(裏面だけ後から刷り替えたかもしれません)。いずれにしても、20世紀初頭を下るものではないでしょう。

(絵葉書の裏面)

ピエロが消え、男の子も消えました。
そればかりではなく、女の子も、当時この絵葉書を売った人も買った人も、今ではみんな消えてしまいました。私だって遠からず消えるでしょう。

残るのは月ばかりです。

コメント

_ S.U ― 2017年10月28日 10時35分40秒

これ、とてもいいですね。
月に冷笑されながらみんな消えてしまう。それはそれでいいかなという気になります。

_ 玉青 ― 2017年11月03日 10時27分34秒

冷笑する月だって、いずれは消えてしまいますしね。
まあ、最後に残るのは、宇宙大のチェシャ猫の笑いだけかもしれません。

_ S.U ― 2017年11月03日 22時17分38秒

>最後に残るのは、宇宙大のチェシャ猫

 そこですね。それこそ、素粒子論、宇宙論の究極のエレメントのはずです。QCD(量子猫動力学)ストリング場の振動自由度ですね。(パロディですらないので悩まないで下さい)

 時に、ご本復祝着至極に存じまする。

_ 玉青 ― 2017年11月04日 12時53分47秒

快気のご祝詞真に忝く存じます。
S.U大人もどうぞお身体を労わりつつ、宇宙の深遠を覗く量子猫動力学の進展にご尽力されますようお願い申し上げます。

ときに、チェシャ猫で検索したら、ちょうど2年前(2015年11月)に、NASAが「チェシャ猫銀河団」の画像をリリースした件を見つけました(当時も見たと思うのですが、忘れていました)。
https://www.nasa.gov/mission_pages/chandra/where-alice-in-wonderland-meets-albert-einstein.html

相対性理論100周年に捧げられた、重力レンズの向こうで不敵に笑う猫。
猫は宇宙でもやっぱり好奇心が強いらしく、人間がどこまで宇宙の謎に迫れるのか、興味津々のようです。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック