博物誌の博物誌、『世界大博物図鑑』2010年05月22日 08時08分52秒

『ファンタスティック12』と同じ本棚には、『世界大博物図鑑』(平凡社)が並んでいます。これこそ荒俣宏氏の著作の中で、質・量ともに最高の仕事であることは、おそらく大方の異論のないところでしょう。全5巻に別巻2巻を加え、総頁数は3,300ページあまり。

第1回配本は、第4巻の『鳥類』で、1987年刊行。以後毎年1冊のペースで、『哺乳類』、『魚類』、『両生・爬虫類』と出て、91年に『蟲類』が出て完結しています。その後、さらに別巻として『絶滅・稀少鳥類』と『水生無脊椎動物』がそれぞれ93年と94年に出ました。

ほぼ1年に1巻ずつコンスタントに刊行というのはスゴイことです。他にも仕事をかかえながら、たった一人でこれだけ骨の折れる考証作業に取り組んだのですから。(『ファンタスティック12』シリーズも同時期の仕事になりますが、『世界大博物図鑑』に比べれば<落ち穂拾い>のようなものでしょう。)

   ★

私にとっての荒俣氏は、何よりもまず博物学書のコレクターであり、その方面の仕事でいちばん恩恵を蒙っていると思います。でも氏の著作一覧を眺めると、純粋に博物学関係の本はそれほど多くないし、刊行時期も比較的限定されます。

たとえば、『理科系の文学誌』が1981年、『大博物学時代』が82年、『図鑑の博物誌』が84年。氏は47年生まれですから、すべて30代半ばの仕事。85年にはベストセラー『帝都物語』が出て、氏はその印税をすべて高価な博物図譜を買うのに充てたと聞きますが、氏と博物学との関係は、それ以前に<勝負あった>というか、その頃には既に氏の中ですっかり咀嚼されていたように思います。その自負と、現物が手元にあるという自信が、『世界大博物図鑑』を生み出したのでしょう。

そして、『世界大博物図鑑』を書き終えた後は、憑き物が落ちたような形になって、博物学関係の仕事もグンと減っています。その方面は「卒業した」ということかもしれません。

氏のフィールドは元々幻想文学で、ロジェ・カイヨワあたりに導かれて、解剖図譜や博物図譜の<たくまざる幻想性>に目覚め、その方面から博物学関係の仕事は始まっているので、その世界に親近し、幻想味が薄れた段階で卒業となるのは、ある意味必然です。

そもそも、氏の興味関心は、博物学という枠にとどめておけるようなものではなかったのでしょう。

   ★

ところで、電子書籍(イーブック)だと「ファンタスティック12」がセットで9,240円、「世界大博物図鑑」(別巻含む)が17,640円だそうです(http://www.ebookjapan.jp/ebj/title/13910.html)。安いと言えば安い。そして便利です。しかし、何というか、博物学書は「重厚さ」それ自体が魅力なんじゃないのかなあ…という気もします。

コメント

_ S.U ― 2010年05月22日 14時00分35秒

私は、荒俣氏の著作はほとんど読んだことはないのですが、テレビに物知りコメンテーター的な役割で出演されているときは、この人は伝統的な博物学をベースにしているひとではないかと考えて、信頼して話が聞けるように感じています。

_ 玉青 ― 2010年05月23日 17時14分08秒

荒俣氏は、最初は奇人変人のイメージしかありませんでしたが、だんだん円熟味をかもして、「いい人度」が上がってきたようです。齢を重ねることの効用でしょう。TV界にあっては貴重な存在ですね。(その一方で、ああいう人は、いい人の立ち位置に安住することなく、最期まで破天荒な生きざまを見せてくれることも期待したいです。)

_ S.U ― 2010年05月23日 22時05分57秒

最近、荒俣氏にかぎらず、様々な分野で、変人に見えても実は信頼できるいい人という役割の人々がテレビで重宝されてきているように思います。

 耳ザワリの良いことを話しても信頼のおけない人々が世の中に増えていることの反動なのかもしれません。

_ 玉青 ― 2010年05月24日 21時17分56秒

耳触りの良いことを言うと、ウソツキと呼ばれる。
耳触りの悪いことを言うと、袋叩きになる。
だから結局誰も何も言わず、匿名の場になると、途端に凶暴になったりする。
辛うじて「変人」だけが、一種の道化として、自由に物を言うことを許されている。
…ひょっとしたら、そんな構図でしょうか。何だか切ない世の中ですね。

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